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    「夫、中川昭一が遺したもの」〜中川郁子氏インタビュー

    拡散したいブログ見つけた comments(4) trackbacks(0) まったけの嫁
     

    「花は、一生懸命咲くので好きだ」



    2009年10月4日
    中川昭一元財務・金融相、都内の自宅で死亡



    故・中川昭一氏の政治姿勢
    http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-526.html

    中川氏は、農林水産大臣としてポジティブリストを導入し、中国等から無差別に輸入される毒菜に一定の歯止めをかけた。

    中川氏は、財務大臣として金融援助をIMFに一本化し、韓国やアイスランドなどから申し込まれた二国間融資は全て断った。

    中川氏は、政調会長として、自民党内の人権擁護法案推進派の意見を断固として撥ね付けていた。

    中川氏は、拉致問題に早くから取り組んできた政治家の一人であり、拉致議連の会長もつとめた。

    中川氏は、経済産業大臣の時、親中派の二階俊博が打ち出した「東アジアEPA(経済連携協定)」構想に異議を唱えた。

    中川氏は、毎年靖国神社に参拝することも欠かさない。

    中川氏は、非核三原則の堅持は当然”としながらも日本の核武装の是非について繰り返し“論議すべし”と言及した。

    中川氏は、日教組に対し「日教組の一部活動家は(教育基本法改正反対の)デモで騒音をまき散らしている」「(デモという)下品なやり方では生徒たちに先生と呼ばれる資格はない。免許剥奪だ」と、その活動を強く批判している。

    中川氏は、官憲(役人、特に警察関係)による慰安婦募集の強制性を認めた1993年の「河野談話について早期に見直しを検討すべきだとの考えを示した。

    中川氏は、中国の脅威に対抗するために、インドやオーストラリアとの連携を促進するための議員連盟「価値観外交を推進する議員の会」の旗揚げに貢献した。

    中川の勉強熱心は有名で、官僚にとっては渡した原稿をそのまま読んでくれない、扱いにくい大臣だったとのこと。




    日本と世界、そして自分自身について。
    メディアが伝えなかった、中川昭一の“本当の声”
    http://www.nakagawa-shoichi.jp/talk/ 



    【mattakeコメ】
    中川昭一氏が、ひたすら日本のことを考え、一身にがんばってこられた方だったと知ることができたのは、友人の何気ない言葉で「覚醒」させてもらったおかげ。
    もしあの友人お言葉を無視していたら、覚醒できないまま、中川氏のことを知ることはできなかったでしょう。本当に怖いほどマスメディアを信じていた人だったから・・・。

    私事ですが、たまたまmattakeと話していたら、中川氏の名前が・・・。その時、mattakeが口にしたのは、「あ〜酔っ払って記者会見した奴やろ」って言葉。。すぐ、「あれはね〜」って私が「覚醒」によって知ったことを伝えましたが・・・。そんなやりとりがつい先日あったのです。

    mattakeや「覚醒前の私」のように、いまだマスコミを信じきっている(鵜呑みにしているor洗脳されている)方がいらっしゃるのでは?という思いにかられ、今さらながら、この記事をアップした次第です。

    中川氏の遺志をついで、奥さまが活動を始められたことを有志ブログにて知り、ぜひ頑張っていただきたいと思っていました。その奥さまのインタビューを拝見し、ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思いましたので転載させていただきました。

    ----------------

    successさんのブログ より
    http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/11154698.html


    夫、中川昭一が遺したもの   

    中川郁子氏インタビュー    
           

    http://www.tokachi.co.jp/photograph/201008/20100826-0006432-0007253.jpg
    http://www.tokachi.co.jp/photograph/?photoid=7253



    インタビュアー 西村幸祐(こうゆう)


    西村:昨年10月3日の突然のご逝去以来、慌しい時間が過ぎていったと思います。
    中川:庭いじりが好きだった夫が、東京の自宅の庭に密かに植えていたチューリップが蕾をつけ、花を咲かせたときは、本当に嬉しかったんです。
    主人が植えたことに気づかなかったからです。そして、こんな寒い春でもチューリップは咲くものだと感心しました。


    http://www.nakagawa-shoichi.jp/mynews/detail/20080501_299.html


    西村
    :2月末に偏向メディアを監視するブログ集積サイト「メディア・パトロール・ジャパン」を、作曲家のすぎやまこういちさん、今度自民党から参院選に立候補する三橋貴明さんと一緒に作ったんですが、じつは、中川先生を追悼する意味を込めてチューリップを拉致問題のシンボル、ブルーリボンと一緒にデザインしています。女性デザイナーの発案でした。
    ところで、4月18日の帯広市長選挙で中川さんは積極的に表舞台に立たれるようになりました。
    中川:はい。自民党推薦の上野敏郎候補の応援をお手伝いしました。民主党の米沢候補は、驚いたことに民主党を離党した石川知裕議員が選挙戦の中盤から前面に出て応援し、今の矛盾した日本の政治を象徴するような選挙戦を繰り広げました。
    そして、新党大地の鈴木宗男議員と歌手の松山千春さんが最前線に立って米沢候補を応援しました。昨年の衆院選挙で夫を破った「民主党の風」の再来を思わせる選挙でした。
    残念ながら私が応援した上野候補は敗れましたが、わずか138票の小差でした。昨年の衆院選に比べれば帯広市民も確実に何かに目覚めたのではないかと思っています。
    その証拠に、同時に行われた市議補欠選挙では、主人の秘書だった神谷ひろゆき氏が大差で民主党候補を破りました。私が「残念だが、今日の結果は負けたとは思わない。僅差だし、本当に多くの方から温かいメッセージをいただいたと思っている」と地元メディアの取材に答えることができたのも、こんな背景があったからです。
    この選挙で繰り返し私が訴えたのは、主人が生前訴えていた「十勝・日本が危ない」という言葉でした。そんな主人の想いを多くの皆さんに伝えたい一心で応援したんです。


    西村
    :中川さんが政治の矢面にお立ちになったことが色々な憶測を喚ぶかもしれませんね。
    中川:正直申し上げて、昨年はここまで私が政治に関わることになるとは想像もできませんでした。
    10月3日の主人の突然の死は、主人の総選挙での初めての敗北の後に襲ってきた悪夢のようなものでした。だから、冷静に何も考えられない日々が続いていました。
    でも、そんな私を勇気づけてくれたのは、若いスピードスケート選手、高木美帆さんの大活躍でした。高木美帆さんは中学生で史上初のスピードスケート五輪代表選手に選ばれたばかりで、バンクーバー五輪を控えた今年の1月9日から、「明治北海道十勝オーバル」で、初の国際大会が開催されました。
    十勝オーバルは去年の8月に国内2番目の屋内スピードスケートリンクとして完成しましたが、主人が生前スピードスケートリンクを帯広に、と熱心に取り組んでいたこともあり、この大会への私の想いも強いものになったんです。


    西村
    :中川先生はスポーツ好きでサッカーにも詳しかったですよね。
    中川:故郷への想いからウィンタースポーツの普及にも熱心でした。
    主人が関わらせて頂いていたスピードスケート。その晴れの舞台で、高木美帆選手が大活躍しました。高木さんは帯広市の隣町、幕別町の出身で地元のヒロインですが、彼女の若さとキラキラする瞳をテレビで見て、ああ、私も頑張らなければいけないと思うことができたんです。
    主人は前から「日本の子供たちの目がキラキラ輝いていないのだよ」と言って心配してました。経産大臣のときにカンボジアへ行って、真宗大谷派が支援しているカンボジアの幼稚園の先生を養成する施設に行きました。そのとき、子供たちの目がすごく輝いていて、それに比べて日本の子供たちの目が輝いていないねと、その頃から言ってました。
    十勝オーバルでの高木美帆ちゃんの目が私には輝いて見えたのですが、あのリンクはずいぶん好記録が出ていて、選手は十勝で滑りたがっているという話を聞いて、本当に良かったという気持ちです。
    スピードスケートリンクはコンクリート構造ですが、民主党の「コンクリートから人へ」というスローガンの嘘を実感できたからです。
    美帆さんの瞳の輝きに主人の言葉を思い起こし、彼が建設に尽力したスケート場をNHKを通して多くの国民が見てくださっている、と思ったとき、不思議なことにとても大きなエネルギーを頂きました。あの中継を見てから、私は前向きにものを考えられるようになりました。


    西村
    :とにかく突然のご逝去でご家族の驚きと悲しみは想像を絶するものがあったと思います。
    中川:じつは、亡くなる8日前の9月25日には友人の個人病院の先生の所で簡単な検査も受けています。そのときも、どこも悪いところはないという診断で、主人はとても喜んでいました。
    主人は、大きい病院と個人病院を交互に訪れ、まめに健康診断や検査をしていたのです。ですから、主人が突然ああいうことになり、家族は本当に大きな衝撃だったんです。
    最後の健康診断をした友人の医師の方は、それまでの色々な検査の結果や司法解剖の結果を見て「本当に大きなストレスや哀しみがあると心臓が止まってしまうことがあるんだ」と慰めてくださいました。
    主人がお酒を控えていたのも事実です。検査では全然発見できなかったのですが、やはり血管の古くなっている部分などがストレスなどで機能しなくなったのではないか、循環器系障害の突然死ということです。
    今では、主人の死を本当に世の中には判らないことがあるということではないかと、自分を納得させています。
    主人が亡くなったあと、安倍総理は毎日お葬式の日まで自宅にいらしてくださいました。葬儀まで4、5日あったにもかかわらず、ときには昭恵夫人を伴って1時間も主人の前にいてくださいました。本当の友達のように思って頂いたことに心から感謝しています。
    それに、麻生総理にもよく来て頂きました。麻生総理はその都度色々な言葉で私たち家族を励ましてくれて。お通夜の前日ですが麻生総理が息子に、「お前、この4日間でいい顔になってきたな」と仰ったという話を聞いて本当に素敵な方だなと思いました。私は聞いていなかったんですが、息子はもちろん、娘もとても励まされたと言っています。

    ----------------

    西村:先生の去年夏の衆院選落選の原因は、やはり去年の2月14日のイタリアで開催されたG7財務大臣・中央銀行総裁会議の記者会見の報道だと思います。
    不思議なのは、なぜ、あのような「酩酊状態」になったのか、なぜ、それにもかかわらず記者会見に臨んだのかという原因究明がされないで、一方的に面白おかしく「酩酊状態」が報道され続けたことです。
    当時、私はニュース解説をしているCS局「チャンネル桜」の番組で「あの時点で関係者や会見前の食事に同席していた人や新聞記者を全部取り調べるべきだ。特に新聞記者は公の場でどんなことが起きていたのか説明するべきだ」と言いました。


    中川
    :麻生内閣で財務大臣に就任後すぐに世界金融危機が起きました。それまでも緊張感をもって仕事をしていた主人が、本当に異常な緊張感で連日仕事に就いていました。もちろん日本の危機、世界の危機ですから、大変緊張して仕事に向かうのは当然といえば当然ですが、私は家族として主人の体調がとても心配でした。
    やはりマーケットが気になるので、毎日世界の市場動向を気にしていたし、役所からの書類が自宅のポストに来るのですが、とても気にして何回も階段を降りて見に行っている姿を見ていました。
    これは本当に普通の状態ではない。緊張が今までになく高まっているということを私でも感じました。農水大臣のときも、その時その時で緊張感のある場面を私も一緒に見てきましたが、今度ばかりは本当に寝ていないのではないかと思う毎日でした。
    ヨーロッパのマーケット、ニューヨークのマーケットと、世界のマーケットを見ながら何回も居間に降りてまだ役所の書類が届いていないか確認したり、赤いサインペンでマークしながら書類に目を通していたので、朝食も居間で食べることも無く、私は書斎におにぎりを運ぶ毎日でした。
    そういう状態が続く中で、一昨年12月の予算委員会でしゃっくりが1週間止まらないという状態になったんです。懇意にしていた鎌倉建長寺の高僧の方が心配してくださり、緊張感とストレスが非常に溜まっていて起こる症状だと仰って、色々アドバイスをしていただいたこともありました。
    その後また1週間しゃっくりが止まらないという状況が2月にもあり、ちょうど治ったか治らないかというときにローマ出張があったので、何か悪いことが起こらないかと心配していました。しかし、主人は非常に張り切り、十分な下準備をしてイタリアへ出かけました。
    そのとき、主人はIMFへの10兆円の投資のことが頭にあり、私にはその話はしませんでしたが、「テレビを必ず見ておくようにね」と言われたのです。これまでニュースを見ておくようになどと、言われたことがあまりなかったんです。つまり、それだけ、主人は昨年2月14日のG7財務大臣・中央銀行総裁会議に賭けるものがあったのだと思っていました。



    中川財務相 ろれつ回らず・・・ 


    西村
    :あの「酩酊会見」のニュースには本当に驚かれたのではないですか。


    中川
    :はい。主人があれだけ全精力を注いで臨んだ国際会議だったので、私も気にしていました。そうしたら、朝のニュースをたまたま最初に息子が見て「大変なことになっている。パパが変だったよ」と。次のニュースを見てインターネットで確認し、これは大変なことになっていると。
    しかし、日本では大騒ぎになっていたにもかかわらず、成田から公用車に乗ってすぐ掛けてくれた電話で「今着いたからね。テレビ見てた?」と言うのです。「大変なことになっているわよ」と私が言ったら、主人には「何言っているんだ」と逆に不審がられたんです。本人は何も知らなかったんです。
    西村:財務省の大臣官房や財務省のお役人、大臣秘書官たちが何も情報を取っていないし、どういう報道があったのかフィードバックもしていません。危機管理の点からも考えられないことですね。
    中川:強いて情報を教えなかったのかどうか、それは私には分かりません。「何をニュースでやっているんだ、俺はちゃんとやってきたじゃないか」と事情の分からない主人は電話でそう言いました。
    主人はいみじくもIMFのストロスカーン専務理事が世界の記者団に向かって「日本による資金融資額は人類史上過去最大の貢献である」「日本からの資金援助は今回のサミットでの最大の成果である」と感謝を示したように、非常に達成感をもって帰ってきたわけです。
    ところが、会見報道で大変なことになっていたので、「とりあえず私に聞くより周りの誰かに聞いてみて」と私は言いました。
    私が最初に見たのは6時か7時のニュースで、主人が飛行機に乗って帰ってくる間誰も分からなかったのは不思議だと思いました。しかも出迎えの人たちがいらっしゃったと思うのですが、その方たちは何も知らなかったのでしょうか。本当に狐につままれたような気がします。


    西村
    :奥様はあのとき、玄関で中川先生を励ます言葉をかけました。けっこう世の主婦たちの間で評判になったんです。


    中川
    :テレビクルーの撮影が終わって電気が消えたから録音されていないと思って、主人を励ましました。ところが、娘に「それでも音は拾っているのよ。ママは本当に何も知らないんだから」と怒られました(笑)。
    確かに、主人が亡くなった後、皆さんが口を揃えてあの会見事件について指摘したのが、仰るように「企業だったら、徹底的に危機管理をする」「あんな状態で記者会見に絶対に出さない」という憤りでしたね。
    主人が亡くなった後にも、IMFのことで主人と高校の同級生だった玉木財務官が出張されました。昨年のG8でもゼーリック世界銀行総裁がかなり長い時間をとって主人のことに言及したそうです。
    主人とゼーリックさんは、なぜか気が合いものすごく長いお付き合いでしたが、「中川のお陰で金融危機を乗り越えることが出来たのです」と長いスピーチにしてくださったそうです。


    西村
    :あの会見から1年以上たって、新たにお分かりになったことはありますか。


    中川
    :ある財務省の方が「財務省の記録では、あのときホテルのドアを開けるまでは中川は非常に元気だった。それからあの会見の途中で具合が悪くなったとしてあるので、中川の名誉は守れる」と仰いました。でもそれは、中川の名誉を守ることにならず、役所が守られるという気がしました。
    玉木財務官は昨年12月に行われた高校の同窓会で、「あのとき決して中川はお酒を飲んでいませんでした。それを僕は役所を退官してから、次のライフワークとしてそれを証明していきたい」と話をされたそうです。


    西村
    :そういう発言は貴重ですが、なぜ、退職後でないとそれを証明できないのかという疑問が残ります。それこそ、本来はマスコミが追究するテーマですよ。
    恐らく玉木財務官はあの「酩酊会見」の理由がお酒でないことを確信しています。ですから、直前に食事を一緒にした読売の記者や他の記者たちをメディアが後追い取材しないのは非常に不思議です。

    中川:私もマスコミがやはりおかしいと思ったのは、家の前であの直後本当に取材陣がすごかったんですが、少し収まったなという頃にまたバチカンで不祥事を犯したという話が出たことです。
    バチカン放送局の神父様がわざわざお手紙をくださって、「自分が取材を受けました。取材を受けたときに、中川さんは全く普通にしていました。ご主人は歴史が好きなので、ローマに関する本もたくさん読んでいるので、その話で盛り上がりました」と伝えたと。
    「自分が注意したのは、他のガイドがすごくうるさかったのでその人に注意しましたが、中川さんは全く関係ありませんでした。マスコミの取材にはそう答えたのに、全く違う報道が行われている」「事実と違う報道が日本でされているのですね」というお手紙を頂いたのです。
    2月14日の記者会見から続いた主人を非難する報道は、やはり、間違いなくマスコミの偏向報道だと私は思っています。


    西村
    :中川先生は以前から何度も報道被害を受けています。
    5年前の1月12日の朝日新聞は、安倍幹事長(当時)と一緒にNHKに政治圧力を掛けたと捏造報道を行いました。あのときも、私は雑誌などで報道テロに等しいやり口を解明し反論しました。
    安倍さんも中川さんも、日本が嫌いな人たちにとって目の上のたんこぶのような存在でしたから。


    中川
    :偏向報道と言えば、昨年の衆院選挙も酷かったんです。
    主人が選挙区を回っている様子を報道したものですが、その選挙区のお爺さん、お婆さんと主人は、昔からの顔見知りで子供みたいな気持ちになって言葉を交わしていました。そのときの主人とお爺さん、お婆さんの会話が、主人が地元で見限られているような印象を与えるように、言葉の一部分だけをカットして報道されたんです。
    「こういうところもあったけど、でも私は一生懸命やるから」と主人が言うと、「こんなときに来てもね」と返答されているように、ずいぶん作り上げられて報道されました。
    あれでは取材された側も驚きます。「こんなときに」という言葉のニュアンスはその人が話した内容を全部聞けば分かります。本当は哀愁に溢れる言葉だったのに、そこだけ使用して、色々な番組で繰り返し繰り返し報道されました。
    選挙期間中というのはネガティブキャンペーンをしないのがルールのはずですが、去年の衆院選は選挙の前の日までそういう報道が行われていました。




    西村
    :中川先生との出会いについてお聞きしたいのですが。政治家の妻になるという意識はありましたか。


    中川
    :19歳のときに友人の紹介で出会い、3年半お付き合いして結婚したのは23歳のときでした。出会ったときは選挙権もない歳だったので、政治家の妻になるという意識はありませんでした。ただ養父が農林大臣だったので、そこで初めて中川一郎という名前も知って、テレビで見てこういう人がお父さんなのかという、その程度の意識でした。
    お付き合いしているうちに社会人になり、「政治家を継ぐことがあるのですか」と主人に聞くと、「親父も若いし、先のことは分からない。弟もいるし、叔父もいるし」と言われた記憶があります。
    昭和57年の3月に突然、主人から食事をするからホテルに来ないかと誘われ、そこでいきなり養父に紹介されました。養父に「結婚するのか」と聞かれ、いやまだそこまで、お互いプロポーズもしてもいないし、されてもいないので、と答えると、「そういうのは早いほうが良いね。今年大きな仕事をしようと思っているので大事なことは早くしたほうがいい」と言われました。
    「それじゃあ」と言ってスケジュールを見て、養父は「6月5日が空いている」と。もう電話を高輪プリンスに掛けてその場で結婚どころか、式場まで決まってしまったんです(笑)。養父が自民党の総裁選に出たのはその年の9月でした。
    交際中、主人のことを友人は「昭ちゃんって、明治の男みたいね」と言っていました(笑)。彼はお世辞も下手だし、余計なことをあまり語ろうとしなかったんですね。
    思い出すと、家族旅行など本当に数えるほどしか行けませんでした。家族4人で旅行したのは2回。ゴールデンウィークどこか行くの?という話題にはついていけないことが多かったんです。ああ、連休があるんだと、友達との会話で知らされる結婚生活でした。


    西村
    :昨年8月30日の総選挙に落選してからお亡くなりになるまで、中川先生はどのように過ごされていましたか。


    中川
    :失意の日々を過ごしていたのではないかと多くの方が仰いましたが、少なくとも家ではそんなことはなく、非常に前向きに次にもう1回選挙に出る意欲を話していました。そして、選挙までは一国民として日本のために仕事をしたいといつも言っていました。
    それは何かというと、主人はずっと水資源の問題にも携わってきて、今、世界が水の危機を迎えるし、日本にも水の危機がくることを確信していました。
    しかし、逆に今、GDPが中国に抜かれるであろう状況の中で、日本を救うのも、この水資源問題だし、水ビジネスを国家の基幹産業として考えていました。水資源や水質の研究機関を党派を超えて意識ある政治家の人たちが手を携えて作り、新しい国家目標の1つにできるのではないか。そんなことをよく言っていたんです。
    日本の豊富な天然の水と技術力で、超純水が作れたり、食料品に含まれる水の価値が必ず日本のブランドの力になると信じていました。そして、水資源を利用するインフラ整備に本格的に取り組むことで新しい産業も生まれるはずだと常々私に語ってくれました。
    また、政治家という立場を離れても、自分が何か民間で水資源に関わる仕事をさせて頂くことができるのではないかと、主人は庭に出るのがすごく好きだったので、庭でそういう話を私と交わしていました。
    私も環境問題のNPOを2年前に立ち上げたので、主人が水問題に熱心なことから、私も主人を応援するし、一緒になにかやっていこうという話を亡くなる直前、3日前にもしていたんです。
    プライベートでは、2人で旅行に行くことなど全くできなかったので、なくなった10日後には旅行へ行く計画も立てていました。


    西村
    :政治家、中川昭一の奥様として、一番嬉しかった出来事は何だったのでしょうか。


    中川
    :主人が政調会長になったときの最初の予算委員会の質問で、コンドラチェフの経済理論についての質問が良かったと主人に言うと、とても喜んでくれました。主人が亡くなった後で安倍総理にその話をしたら、議事録を読んで頂き、葬儀の弔辞を書いてくださいました。
    それと去年の苦しい選挙戦のとき、北海道新聞主催の討論会があって、石川議員と共産党の候補の方と3人で話したんですが、その討論会で石川さんに対して、民主党候補だからと攻撃するわけでもなく、本当に大人の立場で同じ政治家としては、自分が先輩なんだからという形で、とても余裕のある話をしたことが私は嬉しかったんです。
    帰宅した主人に哲学のある話だったから良かったと言うと、「そんなこと言っているのはおまえだけだ」と言われたことを思い出します。新聞を見るとそれが伝わってこないので残念でしたが、そのときは、自分なりに一生懸命主人に尽くしてきて本当に良かったと思いました。


    西村
    :最後に奥様から読者の方に何かメッセージを。


    中川
    :今の日本は大変なときを迎えていると思います。大変だけど、産みの苦しみのときではないでしょうか。
    そんな話を先日、中山恭子さんがされていたのですが、本当にそんなときに北海道には福寿草という花があって、春が来たのだなと北国の人は思うんです。雪の下に芽を出して、小さくて可愛らしい花ですが、しっかりと健気に咲いている福寿草のことを思い出します。
    冬の時代でも必ず芽を出すんです。そのように日本が再生、蘇ることを私は信じています。主人が命を
    賭けて訴えていた「日本が危ない」というメッセージに、私なりに応えていけるのではないかと考えて
    います。






    中川昭一氏支援!世界賞賛の功績




    「花は、一生懸命咲くので好きだ」


    中川昭一さんが言われたように、
    日本に花を咲かせましょう。
    一生懸命咲く花を。

    successのブログ より


    * * * * *


    麻生太郎氏がコメント、

    中川昭一がいたら…
    『日本を売るような話はやめてもらいたい』
    と大きな声で言っただろう

    花うさぎの「世界は腹黒い」 より





    ●民主党政権崩壊へ
    ――日本の混迷、没落を許す国民に未来はあるのか?
    (OAK MOOK 338 撃論ムックvol.26)
    西村幸祐 (著, 編集) 定価1200円
    ※5月17日から全国の書店でオークラ出版から発売





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        美しい国ニポン

        不倫はニポンの文化だから許容されるニダ

        ニポンマンセー!!!

        • ななしさん
        • 2015/03/08 5:55 PM

        あほだよね
        暇人

        全く社会貢献しとらんwww

        • ななしさん
        • 2015/03/08 5:43 PM

        民主の目玉 自民が全否定 予算組み替え動議案決定
        http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2011022502000033.html

        自民党は二十四日、二〇一一年度予算案に
        対する組み替え動議案を決定した。
        子ども手当や高速道路無料化の撤回など
        民主党マニフェストを骨抜きにする内容。

        【関連情報】
        国家基本政策委員会合同審査会(党首討論2月23日)
        谷垣禎一(自由民主党・無所属の会)
        http://www.shugiintv.go.jp/jp/wmpdyna.asx?deli_id=40798&media_type=wb&lang=j&spkid=19650&time=00:08:30.3
        【足銀国有化の見直しの掲示板】
        http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj3.cgi
        長銀、日債銀、足銀の国有化などの日本金融
        の破壊は民主党案の丸呑みによるもので有っ
        た事が証言された。 日本金融を破壊したの
        は民主党である。
        約束した事を実行しない詐欺集団、このよう
        な売国勢力に政治を任せては日本のカネが
        全部騙し取られる。

        【経済・政治の掲示板】最新版
        http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj.cgi
        【政治・経済タイトル一覧】最新版はこちらをクリックして下さい。

        • 愛信さん
        • 2011/02/25 10:46 AM

        年金問題「第3号」救済措置で国会予算委員会紛糾して休会へ

        開会日 : 2011年2月24日 (木)
        会議名 : 予算委員会
        鴨下一郎(自由民主党・無所属の会)  10時 36分  1時間 04分
        http://www.shugiintv.go.jp/jp/wmpdyna.asx?deli_id=40803&media_type=wb&lang=j&spkid=19590&time=01:42:48.6
        予算委員会は混乱して休会へ

        脱サラ・サラリーマンの主婦がうっかり
        未納年金を全額を国が肩代わりで救済す
        る該当者数100万人

        【年金問題の掲示板】
        http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj1.cgi
        【年金問題タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

        • 愛信さん
        • 2011/02/24 8:58 PM
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