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    軍神黒澤1佐の死を悼む(宮嶋茂樹氏著:正論7月号より)〜「軍人は戦で死ぬのが本望。交通事故で死ぬのは犬死だぞ」と常々周囲に諭していたのに・・・

    自衛隊のこと comments(3) trackbacks(0) まったけの嫁
    JUGEMテーマ:自衛隊について

    先月始め、5月3日午前1時55分ごろ、防衛省特殊作戦室長の1等陸佐が、オートバイにハネ殺されるというとても残念な事故があったの、もうご存知ですよね?


    出典:BAW速


    亡くなられた防衛省統合幕僚監部特殊作戦室長 1等陸佐、黒沢晃さん


    出典:週刊文春Web


    バイクを運転していたのは、45歳男性。
    世田谷区上祖師谷の職業不詳、宮嶋稔


    カメラマンの宮嶋茂樹さんが、正論7月号に事故に遭われた黒澤晃一等佐への思いを寄稿されています。思いがけなく事故で命を絶たれてしまった人物のお人柄や、どれだけ日本のために尽くしてこられたのか、知ることができます。
    そして、この国にとってどれだけ重要な人物だったのか・・・。


    以下、正論7月号 不肖 宮嶋の現場より

    軍神黒澤1佐の死を悼む

     その悲報に触れたとき、彼を知る誰もが耳を疑い、えも言われぬ不安に襲われた。敵からは恐れられ、部下からは慕われ、陸上自衛隊のみならず防衛省の隊員職員から「軍神」を呼ばれた黒澤晃1等陸佐が交通事故で亡くなられた。5月3日未明のことである。

     私が黒澤氏とはじめてお目にかかったのは、日本を遠く離れたアフリカ大陸はモザンビークの首都マブトから700キロ離れた田舎町ドントのはずれにあるポルトガル軍基地であった。当時の黒澤氏は10名の陸海空自衛隊のPKO混成部隊を率いる小隊長(階級は1等陸尉)。灼熱のブラックアフリカの空港で、国連職員やPKO要員の輸送調整任務にあたっていた。

     以後、特殊戦畑を歩み、私が最後にお会いしたのは西部方面普通科連隊長の要職にあった時、場所は長崎県相浦駐屯地であった。その翌日、黒澤氏は東京・市ヶ谷の統合幕僚監部特殊作戦室長に栄転されたのである。

     まさに、まさにこれからというときであった。この場を借りて宮嶋茂樹、軍神・黒澤1佐のご逝去を悼み、心からご冥福をお祈り申し上げます。

     黒澤晃1等陸佐が非業の死を遂げられたあと、私もご自宅にお邪魔し、ご遺族のご配慮で線香をあげさせていただいた。

     祭壇には、ご遺影の下、陸上自衛隊の制帽と煙草が供えられ、モザンビーク時代に私が撮った写真が飾られていた。先に帰国した私がお送りした写真を、ずっとお持ちくださっていたのである。

     20年前、ドントのポルトガル軍基地内に設けられた黒澤小隊の宿営地の前で、小隊全員と一緒に撮ったものである。そこで、あの長く熱い夜を徹して、戦史を語り合ったのが昨夜のことのように思い出される。


    ■浪花節の熱情家

     あれは日本から防衛政務官がモザンビークのPKO視察に訪れた時のことである。首都マプトで行われた激励会には各小隊の代表らが集められ、粋な計らいで寿司パーティーが催された。南アフリカの寿司ネタに中国人の板前とはいえ、何せ5か月ぶりの寿司である。誰もが祖国の味に夢中になっている中、黒澤小隊長はじっと寿司を見つめるや、つかつかと板前に近づき、これを箱に詰めよと指示したのであった。

     任務のためパーティーに出られず、700キロ離れたドントの宿営地を守る部下のために、持ち帰りたかったのであろう。しかしここは灼熱のブラックアフリカ、腐るからやめろと中隊付医官に制止され、無念そうに唇をかんだ黒澤小隊長の横顔が、今もありありと目に浮かぶ。

     またある時は、とある親睦会で海上自衛隊幹部と語らううち、しだいに熱くなり、突然「なぜ栗田艦隊はレイテで反転したのか」と激昂して周囲を驚かせたのも、黒澤小隊長であった。

     ご存じ、レイテ沖海戦は敗色濃厚の帝国陸海軍にとって起死回生の一撃となるはずだったが、敵の大輸送船団が集結するレイテ湾への突入を直前で断念した栗田艦隊の”謎の反転”により敗北。孤立無援となったレイテ島の我が陸軍将兵は壊滅し、その御霊は今もジャングルを彷徨う。遺骨収集さえままならぬその無念を思ったとき、黒澤小隊長は、目の前の海上自衛隊幹部には何ひとつ責任が無いとは知りつつも、詰め寄らざるを得なかったのであろう。そんな熱い男であった

     またまたある時は、尊敬する軍人の名をたずねた私に「牛島満です」と即答したのも、黒澤小隊長であった。

     ご存じ、沖縄戦の総指揮をとった第32軍司令官・牛島満大将の鬼神も哭かしめる奮戦ぶりは、米軍を震え上がらせ、結果的に本土上陸を思いとどまらせた。戦後は「沖縄県民斯く戦へり」の大田実海軍中将に比べまことに不人気な陸軍軍人だが、国防のためなら喜んで汚名も着ようという思いが黒澤小隊長にはあったのだろう。そんな潔い男であった


    ■日本にクロサワあり

     もっとも、浪花節的な感情だけでなく、緻密は判断力と果敢な行動力を持ち合わせていたのは言うまでもない。我が国の離島島嶼防衛を担う西部方面普通科連隊(西普連)連帯長時代は、従来の常識を覆すような訓練、装備を発案し、トライアスロンが子供の運動会に思えるほど過酷な競技会を実施したばかりか、自らウェットスーツに身を固め、先頭に立って走り、泳ぎ、また走った。
    (※参考:週刊文春Web不肖・宮嶋のオラオラ日記・日本一過酷な競技会 (前編)/ 日本一過酷な競技会 (後編)←ぜひお読みください!)


     かくして鍛え上げられた西普連・水陸両用戦闘員の実力は、米カリフォルニア州で行われた日米共同訓練アイアン・フィスト作戦でも遺憾なく発揮され、米海兵隊をして「日本にクロサワあり」と言わしめるほどである。

    エンジン音を出すことができない地域では、手こぎボートでの上陸となる。夕日を浴びながらの訓練が続いた=2月10日、米・カリフォルニア


    ウエットスーツを着てボート訓練に参加した黒沢連隊長(左)とハドソン大佐(右)。体を張って協調関係を示した
    出典:「日本の島守れ」 日米合同上陸訓練 2011.03.07


     そして統合幕僚監部特殊作戦室長に昇進し、まさに、まさにこれからというとき、非業の死を遂げられたのである。国会近くの国道を歩いて横断中、二輪車にはねられ間もなく死亡、この私より1歳若い、享年50歳であった。

     「軍人は戦で死ぬのが本望。交通事故で死ぬのは犬死だぞ」と常々周囲に諭していたのに・・・。二輪車どころか戦車に轢かれても死なないほど鍛えていたのに・・・。

     改めて宮嶋茂樹、軍神・黒澤1佐に哀悼の誠を捧げます。天国から日本を護りたまわんことを。

    =カメラマン宮嶋茂樹


    当時の報道を振り返ってみましょう。

    防衛省幹部がオートバイにはねられ死亡 東京
    http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130503/dst13050322340004-n1.htm
    産経新聞 2013.5.3 22:32 [交通事故]

     3日午前1時55分ごろ、東京都千代田区麹町の国道20号で、歩いて横断していた防衛省統合幕僚監部特殊作戦室長の黒沢晃一等陸佐(50)=同区紀尾井町=が、左側から来た世田谷区上祖師谷の職業不詳、宮嶋稔さん(45)のオートバイにはねられ、全身を強く打って、間もなく死亡。宮嶋さんも頭などを負傷した。

     同署によると、現場は片側3車線の直線道路で、近くには信号機付きの横断歩道があった。黒沢さんは近くの防衛省の寮に帰宅途中だったとみられる。宮嶋さんは「事故の瞬間のことはよく覚えていない」と説明しているといい、同署が詳しい事故原因を調べている。


    交通事故:防衛省幹部がはねられ死亡 東京・参議院宿舎前
    http://mainichi.jp/select/news/20130504k0000m040020000c.html
    毎日新聞 2013年05月03日 19時47分(最終更新 05月03日 21時29分)

     3日午前1時55分ごろ、東京都千代田区麹町4の国道20号で、歩いて横断していた同区紀尾井町3、防衛省統合幕僚監部特殊作戦室長の1等陸佐、黒沢晃さん(50)が、左側から来た世田谷区上祖師谷6、宮嶋稔さん(45)のオートバイにはねられた。黒沢さんは間もなく死亡、宮嶋さんも頭などに重傷を負った。警視庁麹町署によると、現場は参議院議員宿舎前にある交差点の横断歩道付近。【山崎征克】


    ちなみに、4日の日経電子版では、加害者の名前は出ず、「バイクに乗っていた男性(45)」のみで、怪我の具合は”骨折などのけがをした”と報じています。
    http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0302Y_T00C13A5CC1000/


    事故現場画像

    出典:まとめ安倍速報



    事故現場地図

    出典:トレンダム


    この事故を知って、

    これ、本当に偶発事故なのか?
    で、なんで加害者に「さん」付けなんだ?

    そう感じた人が、ほとんどだったのではないでしょうか?
    2チャンネルには、”バイクに轢かれるようなおっちょこちょいは、どうせ実戦でも役に立たない”とか、”おいおい、バイクもよけれないのか?そんな運動神経なら、戦場で銃弾に当たって死ぬじゃん”とかいう、残念なコメントもあったりしましたが、みんな思うことは一緒なんだなと・・・

    ”その悲報に触れたとき、彼を知る誰もが耳を疑い、えも言われぬ不安に襲われた

    宮嶋氏が襲われた不安も、同じようなことだったのかなぁ、と思ったりします。


    ■参考
    博士の独り言より抜粋
    不審に感じられる点が少なくないため、今後の参考のためにクリップさせていただきたい。

    ・人通りが少ない深夜(3日午前1時55分ごろ)の事故であること。
    ・三車線(一方通行)と謂う幅が比較的広い道路でありながら、職業不詳者のオートバイが「左側から来た」とする点にある。
    どう考えても、オートバイが三車線のいずれかを「普通」に走っていれば、表題のような事故は有り得ないはずで、真に「事故」なのか、どうか。詳細な捜査を望みたい。
    ・「その瞬間のことは覚えていない」。賊らが取り調べをはぐらかす、それに便利な「常套句」の一つ


    【東京】防衛省統合幕僚監部特殊作戦室長の1等陸佐が参議院議員宿舎前でバイクにはねられ死亡

    76: 名無しさん@13周年 2013/05/03(金) 20:30:33.22 ID:1A4ngjoY0
    これはちょっと普通じゃないね。
    バイクに撥ねられて死ぬって殆どないと思うんだが。
    倒れるところでよっぽど打ち所が悪かったのかね?

    111: 名無しさん@13周年 2013/05/03(金) 20:36:16.09 ID:ek7QpORB0
    あれ?でも上りは止まってなかったのに、
    左からきたバイク??

    128: 名無しさん@13周年 2013/05/03(金) 20:38:15.76 ID:tt1m3pfb0
    >左から だから敬称なのか

    続きを読む >>

    自衛官に中国人妻600人,うち10人が機密性の高い職務←自衛隊員のみなさま、色仕掛けの「諜報活動」にご注意ください!

    自衛隊のこと comments(3) trackbacks(0) まったけの嫁
    JUGEMテーマ:気になるニュース

    まずは、こちらの記事をごらんください ↓

    自衛隊員の配偶者に中国人600人、うち10人が機密性の高い職務
    http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=0414&f=politics_0414_004.shtml
     外国人と結婚する自衛隊員が近年、増加傾向にある。最新の統計データによると、14万人の陸上自衛隊員のうち500人、4万2000人の海上自衛隊員のうち200人、4万3000人の航空自衛隊員のうち100人の計800人の自衛隊員の配偶者が外国人であり、うち7割弱が中国人で、ほかはフィリピン人や韓国人が多いという。中国網日本語版(チャイナネット)が報じた。

      日中防衛問題に詳しい専門家は、「中国人女性と結婚した海上自衛隊員のうち、10人が機密性の高い職務を担当している」と指摘した。

       自衛隊基地は一般的に農村もしくは郊外に位置し、隊員の出会いの場は限られており、仲介業者を通じて外国人女性と結婚することを迫られている。特に海上自衛隊員は、長期的な航海により日本を離れる時間が長いため、一般的な日本人女性と交際することは困難でもある。(編集担当:米原裕子)


    2013年04月08日発売号の週刊ポストにも、この内容の記事が掲載されており、「覚醒!!大和魂と愛国者の瞳」 さんのブログで取り上げておられます。

    以下、覚醒!!大和魂と愛国者の瞳さんブログ(4/8付記事)より

    自衛官に中国人妻600人、 これは安全保障上の大問題です。
    防人としての自覚をお願い申し上げます

    http://zaitokuclub.blog.fc2.com/blog-entry-475.html

    自衛官に中国人妻600人
    安全保障上の大問題



    週刊ポスト 2013年04月08日発売号
    ※画像クリックで目次等へ

    皆さんはこの話をご存じだったでしょうか?
    これは今に始まった問題ではありません。

    約3年前にも同様の問題点が指摘されています。

    事の発端は6年前のイージス艦情報漏洩事件まで遡ります。


    [イージス艦情報漏洩事件]
    2007年海上自衛隊第1護衛隊群(神奈川県横須賀市)の2等海曹 がイージス艦の構造図面などを持ち出した。

    神奈川県警と海自警務隊は極めて秘匿性の高い「特別防衛秘密(特防秘)」に当たるとして、日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法違反の疑いで捜査。

    2等海曹の中国籍の妻を出入国管理法違反容疑で調べた際、同県警が押収した外付けハードディスク内にイージス艦の情報が発見されて事件が発覚。
    (※参考:「イージス艦機密漏洩」 中国のハニートラップ 妻よ!お前もか!/ イージス艦情報漏洩−Wikiprdia




    >2等海曹の中国籍の妻を出入国管理法違反容疑で調べた際、同県警が押収した外付けハードディスク内にイージス艦の情報が発見されて事件が発覚。

    これは明らかなハニートラップであり、中国共産党の意思が働いていると言わざるを得ない。
    そして3年前、新潮45 ですっぱ抜かれたのが以下です。

    【防衛省激震!】
    帰化中国人防大生[工作員]疑惑!
    自衛隊内に驚くほどの数の外国人妻がいる。

    参考:ひめのブログ様

    君島文隆
    (ノンフィクションライター)
    新潮45・11月号より

    陸自少年工科学校を経て防大に進んだ成績優秀な元中国人少年。

    その身辺から不可解な点がいくつも出てきた。
    公安関係者がこう明かす。

    実はこの幹部候補生、防衛省だけでなく、日本の公安当局からもマークされていた。

    「中国の潜入スパイと目されている。表向きはさておき、裏ではかなり親中国の動きをしているらしい。
    防衛大学校の同級生に対して、
    『きみたちは中国を誤解している。一度、故郷に遊びに来たらいい。案内するよ』 『中国はいい国だよ、一緒に行こう』

    などと頻繁に声をかけ、
    さらに共産主義研究会を立ち上げようとしていた。」

    報告書を見たという政府関係者
     ↓
    「‥(略)‥そもそも防衛大学校の学生からの内部告発が発端だったらしいが、彼の成績があまりにいいので、当初、やっかみだと思われたらしい。

    ‥(略)‥

    公安情報によると、本人はステルスなど最先端の技術が目の前にある空自(航空自衛隊)を狙っているらしい。

    すでに幹部の間では、機密度の高い情報に接触する部署に行かせるわけにはいかないという声も出ている。
    一説には、瀋陽を中心として専門のスパイを作るエリート養成機関の出身だという説もある。 外国では子供の頃から語学の訓練をすることもある。 ‥(略)‥」

    [人物]

    ‘鑢攜陽
     平成15年に中国籍から帰化
     平成3年生

     出身地
      中国吉林省長春市
     学歴
      **中学校(熊本県)
      平成16年4月〜19年3月

    ⊆舵
     中国国籍
     来日歴なし、工学研究者?

    実母 楠木正美(仮名)
     平成15年に中国籍から帰化
     昭和38年生
     熊本県熊本市在住

     出身地
       中国吉林省長春市。
       土木技師、工学博士。

    来日中に離婚?
    平成15年頃、楠木直人(仮名)と結婚

    ね槁 楠木直人(仮名)
     昭和29年生。
     熊本県熊本市在住

     経理関係の事務所を自宅で開業
     
    向陽の実父母は中国人、実母は向陽を生んだ後に来日。

    日本で少年の実父と離婚。
    熊本市に住む日本人と再婚。

    向陽を中国から呼び寄せ、母子とも中国籍から帰化

    少年工科学校は基本的に陸上自衛隊の教育機関で、卒業生のほとんどは大学に進学せず陸士長から陸曹への道を歩む。

    防衛大学校に進学するのは毎年10名程度の成績上位者だけで、向陽はその中に入る成績最優秀者だった。
    大学でも優秀な成績を収めており、将来の幕僚長クラスの候補とされている。

    母親は、中国の名門である精華大学(理系では中国で最も評価が高い)を卒業、上海の同済大学を経て東京大学大学院に留学。中国の超エリート。
    現在、熊本市近郊にある小さな土木コンサルティング会社に勤務。


    国家の頭脳になる可能性も秘めたエリートが、なぜ日本の地方都市の名もなき会社員となっているのか。

    しかもその会社は防衛省からの受注実績があることが判明。

    祖国に戻れば大学で教鞭を執ることも可能だったはずの彼女の行動は不可解。

    帰化して間もない息子を、なぜ日本の自衛官を養成する特別な教育機関に送り込んだのか。

    不審なことだらけだ。

    向陽の義父
     ↓
    「少年工科学校は私が薦めた」

    ‥(略)‥

    楠木は彼女の高学歴はとくに気にしなかった。
    結婚相談の業者の名前
    「もう覚えていない」

    熊本市内の予備校に通う友人。
     ↓
    「頭がいいから、僕らはてっきりクマタカ(熊本高校)に進学するのだとばかり思っていたんです。
    ところが受験が終わったら少年工科学校だった。 驚きました。
    少年工科って自衛隊ですよね?
    この辺でも進学先としてはめずらしい。
    小学校4年の頃に転校してきたんですが、最初から日本語はある程度話していたような気がする。」

    10歳まで中国の祖父母に育てられ、ようやく実母と暮らし始めたと思ったら、
    15歳でその母に[他国の軍隊組織]に入れられた。

    熊本市内を回って話を聞くと、納得できる部分もある一方、解せない部分も数多く残った。

    *2歳の子どもと夫を置いて[私費]で日本に留学した理由。
    *博士号を取得しても中国に戻らないばかりか東京を離れ、わざわざ熊本に来た理由。
    *息子を呼び寄せたにもかかわらず、数年後に家から出した理由。
    *経済的な理由があったとはいえ、なぜ家から通える公立トップ高に進学させなかったのか。

    ‥等々

    さらに再婚時に利用したという相談所の存在も、口を濁されて不明なまま。

    ある情報筋
    [中国領事館の関係者が取り仕切る結婚斡旋の組織がある]
    ふたりはそこを通して結婚したというのだ。

    元衆議院議員で、安全保障アナリストの米田建三氏
     ↓
    「諸外国はスパイ防止のための秘密保護法令を備えていて、それがないのは日本くらい。

    ‥(略)‥

    それが何もない状態で、国益がまもれるはずがない。

    また尖閣諸島事件で見られるように中国のわが国領土領海への野心は明らか。
    それに対抗する日米同盟の重要性がますます高まっている。

    機密の保持ができないなら、米国の信頼が得られるはずもない」

    米国国務省の規則
     ↓
    機密管理という観点から
    外国人との結婚は90日前までに国務省に対する書面での報告が義務。
    報告後、極めて厳しい申し渡しが行われる。

    ヽ姐饋佑箸侶觝等が報告者の将来的なキャリア・配置に影響を及ぼす。
    外国人配偶者等が特定外国政府との関係を有していた場合、報告者の雇用継続そのものにも影響が及ぶ。

    左遷やクビの可能性があるということ。
    米国はこれほどまでに情報管理を徹底させている。

    日本はほとんど規制なし。
    だから日本は信用されてない。

    そろそろ国益、国防の観点から外国人問題を検討するべきではないか。

    日本はスパイ活動に対する罰則が極めて軽い。

    米国や中国では、国防に関する秘密を漏洩した場合、死刑を含めて厳罰が科せられる。
    イギリス、フランスやドイツも同様。

    ある自衛隊の幹部
     ↓
    「自衛隊内に驚くほどの数の『外国人妻』がいるという事実はあまり知られてない」

    陸上自衛隊‥約500名
    海上自衛隊‥約150名
    航空自衛隊‥約150名
    総勢およそ800名
     「70%が『中国人』」

    500人以上がスパイもしくはその協力者として防衛省の情報ネットに忍び寄っている可能性がある。

    このままでは日米の防衛協力も危うい。


    事実、イージス艦機密情報漏洩事件以来、米国は日本の秘密保持に信頼が置けなくなり、
    「それが最近の次期主力戦闘機(FX)の選定に影響し、米国の最新鋭機F22の輸出[見送り]の背景の一つと考えられている」(情報機関関係者)

    最後に、この少年と彼をとりまく諸問題について防衛省に聞いてみた。

    *防衛大学校の募集要領について
     ↓
    「日本国籍を有していれば」入学の条件を満たし、
    「帰化して何年以上」という類の規定はない。

    「任用、勤務条件等に関し、わが国の国籍法の規定に基づき、日本国籍を取得したものを他の日本国籍保有者と差別する根拠がない」

    *防衛大学校に帰化日本人は何人いるのか
     ↓
    「承知してない。調査してない」

    *楠木向陽本人について
     ↓
    「防衛大学校に確認したところ、日々学業に励むここの学生に対し、そのような指摘(諜報活動の可能性)をする根拠を示されたい、とのこと。聞取りによれば、まったく問題のない学生である」

    先般の尖閣諸島事件であきらかなように、
    中国は[何でもやる]国。

    少年が幹部になったときに、放っておくとは考えられない。

    少年を育てた祖父母は中国にいるし、母は翻訳活動で中国としっかり繋がっている。

    それに対してこの程度の認識では、国を守れないのではないのか。
    いまこそ、国益国防の視点からどのような制度や措置が必要なのか、考え直すべきであろう。


    自衛官の皆さんも人間です。男です。美しい女性に魅かれることは同性として理解出来ます。外国人と結婚される事は自由です。

    しかし、国の大事を話すべきではない。国の大事を家庭に持ち込むべきではない。今後、何かしらの規制が加わるかもしれない。厳しいかもしれませんが、それは自業自得というものです。

    なぜならあなた方は防人なのですから。我々、国民はあなた方しか頼れないのだから。

    自衛官の皆様、宜しくお願いします!!


    ここまで**


    よく耳にするハニートラップという言葉ですが、ご周知のとおり「色仕掛け」による諜報活動のことです。

    ハニートラップ−Wikipedia
    ハニートラップ(英語: Honey Trap)とは、女性スパイが対象男性を誘惑し、性的関係を利用して懐柔するか、これを相手の弱みとして脅迫し機密情報を要求する諜報活動で、人的諜報ヒューミント(英語: Humint、Human intelligenceの略:人間やメディアを媒介とした諜報活動)の一種。またスキを見せた標的をその場で殺害する事もある。ただし必ずしも女性スパイが仕掛けるものとは限らず、東ドイツの「ロミオ諜報員」のように男性スパイによって対象となる女性を罠にかけることもある。いわば「色仕掛け」による諜報活動といえる。


    ハニートラップ関連記事
    やはり恐るべし!中国諜報活動の実態インサイダー、ハニートラップ〜中国株式会社の研究(2013.03.29)
    http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37466
    ハニートラップか 米陸軍元士官、軍事機密を中国人女性に漏洩(2013.3.22 )
    http://sankei.jp.msn.com/world/news/130322/amr13032223100005-n1.htm
    有名教授が落ちた「ハニートラップ」 モデルとデートと信じて運び屋に(2012.12.15 )
    http://sankei.jp.msn.com/world/news/121215/amr12121518000007-n1.htm
    中国「ハニートラップ」恐るべき実態 標的は日本外交官から民主活動家まで(2011/11/ 9 )
    http://www.j-cast.com/2011/11/09112691.html?p=all

    ■参考
    イージス艦情報流出事件、舞鶴総監部の1等海尉が失踪
    http://blog.goo.ne.jp/ns3082/e/f8494c75272be2a29b113880a097f0f7

    2等海曹の中国人妻はどうなったのか
    http://lailai-hanyu.at.webry.info/200705/article_2.html

    ちなみに、日本で発行されている中国語新聞「中文導報」4月26日号に、その中国人妻の正体についての記事があり、以下のように紹介されていたとのこと。
    名前・年齢:
    陳海玉・33歳

    学歴:
    小学校2年中退

    略歴
    中国・福建省福清県出身。家は養豚農家。

    1995年中国で中国人男性と結婚。
    1999年離婚。1児をもうける。
    2000年8月、日本人と結婚。
    2001年1月2日、日本人の配偶者身分で来日。
    2002年10月、離婚。
    2004年1月、窃盗容疑で逮捕。
    2年6か月の懲役、執行猶予5年の判決を受ける。在留資格が消滅していたので、中国へ強制送還。

    2005
    年3月4日、14万人民元で偽造パスポートを入手して再来日。
    横浜中華街の按摩店ではたらき、2等海曹と知り合う。
    2006
    10月、2等海曹と結婚。懐妊。
    12月、「日本人との子供ができたら入管もきっと在留資格を認めてくれる」という話を聞いて入管に自首。入国管理法違反でそのまま逮捕される。
    2007
    4月17日、横浜地方裁判所は入管難民法違反で懲役1年の判決を下す。
    夫と同じ機密漏洩罪については何も問われていない。
    5月22日、出産予定日。


    自衛艦のみなさま、日本のためだけでなく、
    ご自身のためにも、どうぞ「真実の愛」を見極める目をやしなってください。

    これって、とても難しいことだと思います。
    今の世の中、平気でウソをつける人間が増えてきたように思うから・・・



    自衛隊の防災演習、東京の11の区が庁舎立ち入り拒否〜区議会会派や市民団体による「自衛隊に区の施設を使わせるな」といった内容の申し入れのせい?

    自衛隊のこと comments(0) trackbacks(0) まったけの嫁

    以下、産経Web記事より

    「迷彩服を区民に見せるな」 自衛隊の防災演習、
    東京の11の区が庁舎立ち入り拒否

    http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120723/plc12072301070002-n1.htm
    2012.7.23 01:07 [自衛隊]


     
    首都直下地震への対応訓練で東京・板橋区役所に入る陸上自衛隊員=16日午後

    16日夜から17日午前にかけて行われた陸上自衛隊第1師団(東京都練馬区)の連絡要員の自衛隊員が23区に徒歩で出向き、被害状況や出動要請の有無などを確認する統合防災演習で、自衛隊側が23区に「隊員を区役所庁舎内に立ち入らせてほしい」と要請していたにもかかわらず、11区が拒否していたことが22日までの産経新聞の調べで分かった。

    区職員の立ち会いも要請していたが、7区の防災担当者は立ち会わなかった。要請を拒否した区には「区民に迷彩服を見せたくなかった」と明かした担当者もいた。(三枝玄太郎)

    隊員の立ち入りを認めなかったのは、千代田中央新宿目黒世田谷渋谷中野杉並豊島の11区。大半は「自衛隊から要請がなかった」と断った理由を説明した。

    防災担当職員が立ち会わなかったのは千代田中央墨田世田谷渋谷中野の7区。各区とも「要請がなかった」と口をそろえる。千代田区の担当者は「いつ来て、いつ帰ったかは分からない」という。

    しかし、自衛隊は口頭で23区に
    (1)庁舎内に立ち入らせ、通信訓練を行う朝まで待機させてほしい
    (2)庁舎の駐車場を使わせてほしい
    (3)防災担当の職員に立ち会ってほしい
    −の3項目を要請していた。

    自衛隊の担当者は「区によって要請の中身は変えていない。お願いする立場なので強くは言わなかったし、文書は出さなかったが、確かに要請した」と話す。

    陸上自衛隊第1師団第1普通科連隊の石井一将連隊長は16日、記者団に対し、全面的な協力を得られたのは7区で、残りは「休日で人がいない。庁舎内の立ち入りを断られた区もあった」と明かした。

    庁舎使用を認めた区担当者は「区民のためになる」「有意義だ」などと話していたが、3項目すべての要請を拒否したある区の担当者は「区民との接触を避けてほしい」「迷彩服姿を庁舎内で見せないでほしい」と申し入れたという。

    16日午後7時。「市街地での災害訓練反対!」「基地へ戻れ」という反対派のシュプレヒコールと、「自衛隊頑張れ」という励ましが交差するなか、陸自第1師団の隊員は練馬駐屯地を2人1組で出発した。

    最も遠い大田区に向かった隊員は17日午前3時50分、大田区役所に到着。大田区側は課長1人が対応したが、区庁舎内には入らなかった。2人を訓練終了後、練馬駐屯地まで乗せて帰る予定の自衛隊車両も、区庁舎から約300メートル離れた大田区消費者生活センターの駐車場で待機した。

    通信訓練の際には自衛隊員は大田区庁舎の中に入り、防災担当部長は区庁舎内で隊員を休憩させるなどしたが、17日未明には立ち入らせなかった。

    世田谷区には自衛隊員2人が16日午後10時〜午後11時の間に到着したとみられる。世田谷区の防災担当職員が立ち会っていないため、到着時間は不明確だ。渋谷区、中野区なども(1)(2)(3)すべて実現しなかった。

    江戸川区では約3キロ離れた公園の駐車場で、江東区に着いた隊員は木場公園に泊めた車両で夜を明かした。文京、品川区は庁舎の駐車場に止めた車中泊だった。

    なぜ区側は夜通し歩いてきた自衛隊員に冷たい対応をしたのか。

    例えば練馬区には市民団体が待ち構えて「市街地での災害訓練反対!」とシュプレヒコールを上げていた。「庁舎内に立ち入らせるところを見せるのはまずいという判断があった」(←はぁ?なんで?震災のときに大活躍してくれた人たちですよ。なんでまずいの?)とある区の職員は明かした。

    こうした「外圧」は23区のうち12区が「自衛隊に区の施設を使わせるな」といった内容の申し入れを区議会会派や市民団体から文書で受けていたことを取材に認めた。

    今月12日には練馬区が住民監査請求を受けた。申立人の弁護士は「自衛隊員に区役所の水、電気を使わせるのは自衛隊法などに照らして違法だ」と主張している。弁護士は「訓練前に23区に電話してどういった対応を取るのか確認した」とも話した。

    自衛隊の担当者は「訓練実施が決まると、反対運動が激しくなり、拒否派の区が増えた」と説明する。

    ある区の職員は「私自身は受け入れたかった。だが話が上に行くと、プレッシャーがきつくなった。共産党などが反対するし、正直辛かったと話した。

    もっとも自衛隊側に「根回しのまずさ」を指摘する声も複数の区の担当者からあった。「何度も内容が変わった」という担当者もいる。新宿区は16日深夜まで職員6人で待機したが、いつまでたっても来ないので練馬駐屯地に電話したら「帰りました」と言われ、面食らったという。「到着時に電話がほしかった」

    訓練の意義はほとんどの区が認めた。

    台東区の担当者は「実際に自衛隊に駐車場を使ってもらうことで、地下駐車場には自衛隊車両が入るスペースがないことが分かった。やってみないと分からない」と話した。

    自衛隊員の庁舎内立ち入りを許可したのは、台東▽荒川▽板橋▽練馬▽足立▽葛飾の6区。庁舎内の会議室などで待機した。文京、品川区は庁舎駐車場で車中泊。墨田区では、区の本庁舎に入らず、墨田清掃工場で待機した。

    石井連隊長の「協力してくれた」という7区は、以上の台東区など6区と墨田区を指すものとみられる。

    17日朝は、千代田区を除いたすべての区で朝から通信訓練を行った。千代田区では、同じ建物にある総務省関東総合通信局の通信に障害が生じるとして行わなかった。


    記事ここまで**


    自衛隊への感謝の気持ちはないのかね・・・。感謝どころか、こんなに毛嫌いしているなんて・・・。 ↓

    ”こうした「外圧」は23区のうち12区が「自衛隊に区の施設を使わせるな」といった内容の申し入れを区議会会派や市民団体から文書で受けていた”

    で、この区議会会派ってどこ?
    市民団体の名称は?

    まさかのまさか・・・だよね・・・。
    っていうか、健全な日本人なのだろうか・・・。
    何か、沖縄と似てる・・・。


    産経抄(7/24付)より

    「区民に迷彩服を見せたくなかった」と明かした区職員
    http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120724/plc12072403090004-n1.htm
    数年前の小紙大阪版に、「制服しました」と題する記事が連載されていた。文化部の女性記者がさまざまな職種の制服を着て、制服文化を追求するのが狙いだ。そのなかに、陸上自衛隊の迷彩服も含まれている。

    迷彩の色やパターンは、日本の植物の分布や種類を考えた上で作られているそうだ。素材や袖の形などについても、千葉県松戸市にある陸上自衛隊需品学校で研究が続いている。着用した女性記者は、実際にほふく前進してみて、危険な任務に耐えられるようほどこされた工夫に感心していた。

    迷彩服をなぜか受け入れられない人の存在は、承知している。まさかそんな一部の声に配慮するあまり、首都直下地震に向けた自衛隊の訓練をないがしろにする防災担当職員が、東京都内の区役所にいるとは。

    16日夜から17日にかけて、練馬区の陸自第1師団から連絡要員の隊員が23の各区に徒歩で向かった。被害状況の確認などを想定した演習だが、11区が区役所庁舎内への立ち入りを拒否していた。「区民に迷彩服を見せたくなかった」と明かす担当者もいたという。

    阪神大震災では、兵庫県知事から自衛隊に派遣要請が届くまでに、4時間もかかった。震災が起こるまで、県や神戸市の防災訓練に自衛隊が招待されず、救援活動の大きな妨げになったこともわかっている。自衛隊との連携がいかに大切か、東日本大震災でも思い知らされたはずだ。

    昨年4月の小紙記事は、津波で家族4人を失った44歳の自衛官が「これ着てますから」と迷彩服に触れながら、任務に没頭する姿を伝えていた。職員の心ない仕打ちにも顔色ひとつ変えなかったであろう、自衛隊員の心情を思うと、やりきれない。

    Twitterにこんなつぶやきがありました・・・。
    とっても共感しました。

    だいたい、マスコミや学校が自衛隊の活動(活躍)をもっと大々的に伝えてほしいものです。
    でも、少なくとも今の民主党政権には期待できないから、自分たちで知りましょう!

    たとえば、イラクでの復興支援活動をご存じですか? ↓

    日本では放送されない自衛隊の活動

    ducatiTT2 さんが 2010/06/24 にアップロード
     

    献身的に尽くした自衛隊に対して、こんなことが起こったのです。

    親日国 前代未聞の『感謝デモ』 【日本再生】
    ※動画が見られない方は、文字起こししましたのでそちらをご覧下さい。
    http://youtu.be/690NvwbZL8c

    ducatiTT2 さんが 2010/07/10 にアップロード


    文字起こし**
    サマーワ市民と自衛隊員
    イラクでは噂が伝わるのが速い。
    2014年12月14日の自衛隊の派遣期間が終わりに近づき、またロケット砲が打ち込まれると、
    「自衛隊は帰るのか?」
    という懸念が瞬く間に広まった。

    すると140人の老若男女からなるデモ隊が、
    「日本の支援に感謝する」
    と自衛隊宿営地に詰めかけ、
    口々に
    「帰らないで欲しい」
    と懇願した。

    それと同時に
    「自衛隊の滞在延長を願う署名運動」
    が展開され、
    2日間で1500人の署名が集まった。

    実は感謝デモはこれで二度目だった。
    4月に2度、自衛隊宿営地そばに、追撃砲が打ち込まれると、
    サマーワ市民による、100人規模のデモ行進が行われた。

    スローガンは
    「日本の宿営地を守ろう!!」
    というものだった。
    前代見聞のデモだった。

    英米オランダ軍も驚いて、自衛隊に矢継ぎ早に問合せをしたほどだった。

    どうしてこんなことが起こったのでしょうか?
    イラク人と自衛隊員の信頼関係はどうやって築かれたのでしょうか?

    その答えのヒントとなるいくつかのエピソードをごく一部ではありますが、紹介させて下さい。

    2004年1月26日
    番匠幸一郎一等陸佐が率いる復興支援の本隊・第一次イラク復興支援群がサマーワに到着した。装甲車両には、色鮮やかな日の丸が描かれていた。
    また、隊服の右胸、左袖、背襟下にも、遠目にもよく目に見えるほどの日の丸をつけていた。

    多国籍軍側からは、「これでは『撃ってくれ』と言わんばかり。お前らはどうかしている」と、忠告されたが、イラク人に「自分たちは日本の自衛隊」であることをことさらアピールしたかったからだ。

    サマーワにつくと、番匠一佐は現地の人々に繰り返しこう語って理解を求めた。
    「我々はあなた方の友人としてサマーワに来た。我々日本も、60年前の先の大戦で敗れ、国土は焦土と化した。すべてが無に帰し、食料にも困る日々が続いた。
    そんな廃墟の中から、私たちの祖父母、父母の世代は立ち上がり、大変な努力をして、日本を復興させた。そして、その結果、いまや世界第2位という日本を築き上げることができた。
    メソポタミア文明という人類にとって偉大な歴史を有するあなたたちイラク人は、偉大な国民だ。あなた方に同じことができないはずはない。

    我々は、友人として、あなた方が立ち上がるお手伝いにきたのだ。」

    イラク人にとっては、日本は同じアジアの国である。
    さらに自分たちと同じように、アメリカにやられた国だとういう意識があったようだ。
    その日本から、「友人として助けに来た」という番匠一佐の言葉は、イラク人の心に響いたに違いない。

    宿営地には建設中の段階から、外国の軍人たちが表敬や見学のために訪ねてきたが、彼らが一様に驚くのは、イラク人作業者たちが、夕方になってもまだ働いていることだった。

    外国の宿営地で雇っている作業者たちは3時、4時になると仕事が途中でも帰ってしまう。
    夏場には60度にも達するのだ。
    それも無理はない。

    外国の場合は、イラク人作業者に作業を命じると、彼らだけを働かせるのだが、日本では幹部自衛官でも、彼らと一緒になって、ともに汗を流した。

    宿営地の鉄条網整備の際には、日本人2,3人とイラク人7,8人がチームを作り、有刺鉄線に服はボロボロ、体中、血だらけ汗まみれになって作業を続けた。

    昼食は分け合い、休み時間には会話本を指差しながら、仕事の段取りについて話し合う。
    いったん意気に感ずると、とことん尽くすのが、アラブの流儀だ。
    就業時間の5時を過ぎても、まだ隊員と一緒にブルドーザーに乗って働いているイラク人の作業者もいた。

    イラクの人たちの信頼は厚くなり、「そこは日本にやってもらいたい」という要望がどんどん増えていきました。

    少し長くなりましたが、自衛隊員がどうやってサマーワ市民との信頼関係を築き得たのか、
    だいぶんご理解いただけたのではないかと思います。

    最後に、2004年1月16日、現地のサマワ新聞の記事を紹介して終わらせていただきたいと思います。ご視聴ありがとうございました。

    我々はわが県に日本隊が到着するまで、この道徳と倫理を保持した立派な人々について何も知らず、感情のかけらもない技術革命により、全世界の心を支配するつもりだろうと思っていた。

    しかし、日本国陸上自衛隊が県内に到着して数週間の内に、サマワの人々は彼らが『古きニッポン』の子孫として、愛情と倫理に溢れた人々であることを見出した。

    彼らは偉大なる文明を保持するとともに他の国家を尊重し、他国民の家庭や職業に敬意を払う立派な伝統を持っていたのだ。

    文字起こしここまで**

    ◎参考サイト
    草莽崛起−PRIDE OF JAPAN
    http://prideofjapan.blog10.fc2.com/
    国際派日本人養成口座
    http://blog.jog-net.jp/

    国民が知らない反日の実態
    http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/1.html
    本当のこと知っていますか? ミコ☆スマ
    http://mikosuma.blog.shinobi.jp/

    いまだ捜索活動を続けてくれている自衛隊〜でもなぜ「教科書」の中ではいびつな「自衛隊」とするのか。

    自衛隊のこと comments(1) trackbacks(0) まったけの嫁

    不眠不休で
    任務に就く彼らに、
    私は祈りにも似た思いを抱く。

    そして多くの人が、
    彼らの姿に励まされている。
    by 笹幸恵


    頼もしい自衛隊−。

    東日本大震災と福島第1原発事故をきっかけに、そう心に強く思った国民は多いに違いない・・・。
    彼らの姿に、どれだけ多くの人が救われ、そして励まされていることでしょう。


    震災発生後、陸海空3自衛隊は災害派遣で過去最大規模の10万人態勢を敷き、被災地での支援活動にあたってきました。行方不明者の救助や捜索、炊き出しや給水、入浴といった生活支援、道路などのがれきの除去…。孤立集落や離島では医官による巡回診療も行ってくれました。


    そして第1原発周辺では、サウナスーツのような防護服を着た隊員たちが、いまなお行方不明となっている人たちの捜索を続けてくれています。




    波が押し寄せるなか、腰までつかって行方不明者を捜索する隊員たち。原発から20キロ圏内での作業=5月17日、福島県南相馬市雫地区、陸上自衛隊提供)


     
    放射能と高波に立ち向かう精鋭部隊−。東京電力福島第1原子力発電所の半径30キロ圏内で、陸上自衛隊員たちが行方不明者を捜索する様子が公開されました。陸自唯一の落下傘部隊である「第1空挺団」の隊員らは、高い身体能力を生かし、消波ブロック(一般に登録商標であるテトラポットと呼ばれる)を渡ったり、腰まで海につかったりしながら懸命の捜索を続けてくれています。

     
    陸自は4月18日に30キロ圏内で捜索を開始。現在、空挺団のほか、海外派遣で先遣隊を務める中央即応連隊などの約3100人を投入。約200の重機も入れ、がれきを除去しつつ捜索し、5月24日までに57体の遺体を収容。

     
    線量計を確認しながらの作業で、ある隊員は「2時間で22マイクロシーベルト。郡山の10倍だが問題ない」と話します。ただ防護服の下には成人用オムツをはき、マスクにゴム手袋で全身を覆えばサウナスーツを着たような状態だということです。今後は梅雨や気温上昇で環境は過酷さを増すため、時間との戦いに・・・。




    発見された遺体の搬送を合掌で見送る中央即応連隊の隊員=5月2日、福島県楢葉町波倉地区


    「地獄だった。
    遺体は至るところにあったが、
    生存者の発見、救助を優先した」

     
    震災発生直後に宮城県石巻市に入った陸上自衛隊第44普通科連隊(福島市)は、津波で壊滅的な被害を受け、腰の深さまで水につかった市街地をボートで回り1000人以上を救出してくれました。

     
    津波の影響で浸水した道路。奥が石巻市中心部 =13日午後、宮城県石巻市



    津波被害で冠水した市街地で、自衛隊のボートで救助される家族=13日午後、宮城県石巻市



    津波で被災し、冠水した地域から自衛隊員に救助される女性=13日午後、宮城県石巻市



    時間の経過とともに生存者がいる可能性が低くなると、任務は人命救助から行方不明者の捜索に移行しました。

     
    105体(3月19日)、81体(20日)、59体(21日)…。収容した遺体数を書き込んだ連隊の活動記録が続きます。生後間もない赤ちゃんや、母親が子供を抱きしめたままの遺体もあったそうです。

     
    「捜索する自分たちより見つけた遺体の方が多いこともあった。寝ているときに思い出すのか、涙を流す隊員もいた」と連隊幹部。地震や台風、航空機事故など数多くの悲惨な現場を踏んできた自衛隊員たちにとっても、まるで経験のない極限状態の任務がいまも続いているのです。

     

    逆に被災した人たちから励まされることもある。

     
    44普通科連隊と同じ石巻市で活動している陸自第14旅団(香川県善通寺市)の隊員が、津波で多くの子供たちが被害にあった市立大川小の児童とみられる女児から手紙を受け取ったことは、5月1日付EXで紹介されました。その手紙にはこう書いてありました。


    「つなみのせいで、大川小学校のわたしのおともだちがみんなしんでしまいました。じえいたいさんががんばってくれているので、わたしもがんばります」

    「日本をたすけてください。いつもおうえんしています。じえいたいさんありがとう」

     

    14旅団のある隊員は「毎日、被災者の方が温かい声をかけてくれるのが支えです」と・・・。



    家屋に堆積した土砂をかきだしながらの捜索=5月8日、福島県南相馬市小浜地区



    狭い配水管にも入り込んで行方不明者を捜す=5月8日、福島県南相馬市雫地区



    強い日差しのなか、防護服姿で側溝の泥をすくいながら行方不明者を捜索する。顔からは汗が吹き出る=5月8日、福島県南相馬市小浜地区



    「感謝してもしきれない」



    国民を守る最後の砦、自衛隊員の献身的な姿には、全国から称賛が集まりました。

     
    けれども、「教科書」に描かれる「自衛隊」は相変わらずさんざんなようです。全国シェア60%超で中学校で最も使われている「東京書籍」の教科書から引用してみます。


    《平和や安全を守るためであっても、武器を持たないというのが日本国憲法の立場ではなかったのかという意見があります》

    《自衛隊の任務の拡大は、世界平和と軍縮を率先してうったえるべき日本の立場にふさわしくないという声がある》



    これは、検定合格し、来春から全国の中学校で使われる教科書の現実だというのだから驚いてしまいます。生徒は存在への疑問符をまず学び、防衛協力なども日本として「ふさわしくない」と教わるわけです。献身的な自衛隊による災害支援には全く触れず、「国家の安全保障」でなく「人間の安全保障」と説く記述も・・・↓。


    《従来の『安全保障』は(略)国家の軍事力による『国家の安全保障』でした。しかし、(略)国家の安全保障だけでは人々の安全と平和を確保できない場合もみられ(略)そこで、人間一人ひとりに着目し、その生命や人権を大切にすべきだという『人間の安全保障』という考え方が出されています》

     

    しかし、被災者の救出に精を出したのは紛れもなく「国家の安全保障」を担う自衛隊でした。


    ****

    「せめて写真だけでも…」。10日に行われた福島県川内村の一時帰宅。防護服を着てわずか2時間わが家に戻った被災者の方たちはこぞって写真やアルバムを持ち出したそうです。家族の絆がどれほど大切か。そう実感した被災者は多かったはずです。

     
    家族もまた、学校教育では個人の生き方を制約する存在としてないがしろにされてきました。公民の「家族」はかつて全教科書が扱っていましたが、今は半分程度だそうで・・・。国会では家族や結婚制度を崩壊させると危惧される選択的夫婦別姓が進められ「家族を解体する動き」と批判を浴びています。

     

    「関東を離れるように」。3月13日、フランス大使館が在日フランス人に避難勧告を出すと、首都圏のフランス人約6千人の半数以上が帰国、避難しました。米国や中国、インドも追随。東京の大使館を閉じた国は一時30カ国を超え、街から外国人が消えました。

     
    自国民の保護は国家の役割。国民は国家に従って行動します。しかし、教科書は「日本国民」としての視座を遠ざけ「地球市民」の意識が大切だと説きます。


    《私たちは日本国民としての意識だけでなく地球に生きる人間(地球市民)としての意識を持つことが求められています》


    国政では国民の意思決定である地方政治の選挙に外国人を加える動きがあり、批判を浴びています。国や国家へのまなざしが強まるなか、教科書のナイーブな記述に違和感は際だつばかりです。

       
    「震災で学校の空気は明らかに『周囲が私に何をしてくれるか』という権利者の意識から『自分が周囲に何ができるか』へと変わった気がする」

     
    全日教連元委員長で山口県柳井市の大畠中学校社会科教諭、三好祐司先生はこう話されています。


    「私たちが当たり前に手にできた暮らし。その多くはたくさんの人の支えで初めて手にできたものばかりだ。いかにもろく、そしてありがたいか。考えてほしい」


     
    震災直後に生徒にまずこう語りかけられたそうです。素晴らしいことだと思いました。
    被災地から離れていても真剣に耳を傾ける生徒に三好先生は「生徒はすでにたくさんのことを感じ、考え、人のためになりたいと感じた」と・・・。

     
    都内のある教育長は都教委が宮城県の学校に教員派遣を即座に決めたことに驚かれたそうです。

    「教員はとかく権利意識が強い世界。組合はもちろん、校長も自分の学校運営へマイナスを恐れ消極的になりがちなのに、こんなに即座に決まるとは…」
    と。

     
    不平や権利は語っても、自分にできることには腰が重い。


    頑迷で横並び意識が強い教育界の病にも震災は小さな風穴を開けつつあるようです。

     
    三好先生は原子力発電所の事故対応に奔走した自衛隊などの献身的な姿を正面から取り上げるつもりだそうです。



    「震災は悲しい出来事だった。しかし、日本人としての健全な国家観や愛国心を培い、家族の絆の大切さを実感する機会もまた多かった。私たちは震災を通じて考える課題を与えられた気がする」 by安藤慶太記者



    *******

    自衛隊の頼もしさは、子供たちに絶対に伝えてほしいです。
    献身的な姿を知ることで、そういった行動が素晴らしいことだとわかるのだと思います。
    子供たちに、「人のためになりたい」という気持ちを育てるためには、「人のためになりたい」と思って行動した人のお話をしてあげればいいのです。
    小学校をはじめ、中学・高校の先生方にお願いしたい。
    たとえ、教科書にのらなくても、子供たちに献身的に尽くしてくださった方々のお話をいっぱい話して、伝えてほしい。切に願います。


    *******

    参考記事
    震災から見えた危機(5)いびつな「教科書の自衛隊」http://sankei.jp.msn.com/life/news/110515/edc11051501220000-n1.htm

    東日本大震災 不明者捜索続ける自衛隊
    http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110525/dst11052509190008-n1.htm
    5.25 09:18

    「ひとりになっちゃった」家族4人失った自衛官、思い秘め任務 (4.11 14:14 )
    http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110411/dst11041114150031-n1.htm

    笹幸恵 物資と「真心」運ぶ海自
    2011.5.5 08:46
    http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110505/plc11050508490002-n1.htm

    笹幸恵 先輩自衛官の背中を見て羽ばたけ
    2011.4.7 08:07
    http://sankei.jp.msn.com/life/news/110407/trd11040708080007-n1.htm

    『「日本男児」という生き方』笹幸恵著
    2011.3.20 07:32
    http://sankei.jp.msn.com/life/news/110320/bks11032007330005-n1.htm

     



     

    無名の戦士たちに届いたメッセージは勇気と力に・・・

    自衛隊のこと comments(1) trackbacks(0) まったけの嫁

    自北富士駐屯地(山梨県)第1特科隊、郷田直人3等陸曹は1通の手紙を記者にみせてくれました。

     

    幼子の手紙が「勇気と力になった」と話す郷田直人3等陸曹
    =山梨県忍野村の北富士駐屯地


    きゅうすいのおにーさんへ 
    がんばってください 

    みんなでちからをあわせて
    がんばってください 

    みずありがとう



    出動命令を受け、郷田3等陸曹が向かったのは茨城県北部。田中智顕(ともあき)3等陸佐を現地指揮官に特科隊員51人が3月14日から29日まで、駒門駐屯地(静岡県)の隊員と計85人で給水、給食活動を展開してくださいました。活動範囲はひたちなか市のほか北茨城市、高萩市、日立市など。避難所には被害が大きい沿岸部の住民が避難。震災後も余震は続き、震度4から5弱が1日10数回あったといいます。


    郷田3等陸曹は日立市の高台にある久慈中学校で給水活動にあたられました。住宅被害を免れた住民の人たちも水道が破損したため、隊の給水車に1度に200人も並ぶ列が作られたそうです。夢中で沿岸から逃げてきた人の中には、当然のことながら容器を持っていない人も・・・。郷田3等陸曹はとっさに「バケツがあれば未使用の指定ゴミ袋を広げて入れて」とアドバイス。そのおかげで、容器を持っていなかった方も、無事給水を受けられました。



    被災住民への給水活動を展開した第1特科隊員=茨城県日立市(陸上自衛隊提供)


      
    隊員の勤務は、午前7時から午後8時まで。
    避難所では給水を待つ列が続く。
    昼食をゆっくりと食べてはいられない。
    トラックの荷台で、隊から支給された冷たいレトルト食品を胃袋に流し込む。


    そんな過酷な活動の中、は被災者にできる限り声をかけられたそうです。「家は大丈夫でしたか」「けがは」と・・・。すると年配の女性が「こんなものしかなくてごめんなさい」といってあめ玉を・・・。


    大切なあめ玉にちがいない。
    「こんなもの? これ以上のものはない!」。


    郷田3等陸曹の女性への感謝の気持ちがうかがえます。

     

    冒頭の手紙はそんな折に届いたそうです。かわいらしい絵封筒に入っていたとか。便箋の裏にはお母さんの言葉も書き添えられていました。


    寒い中の給水作業、
    本当にありがたい。
    隊員の一生懸命な姿に
    勇気づけられます。
    娘が手紙を書きたいというので
    私もお礼をと思い、
    書かせていただきました。

     

    自衛官の業務を支えているのは、被災して不自由な生活でも生き抜いてほしいとの思い。そして、被災生活を余儀なくされている住民の人たちの温かい心。郷田3等陸曹はこの温かい心に触れて勇気と力をもらった」と・・・。

    *******

    一方、田中3等陸佐は炊事班を統制されていました。避難所の食事は救援物資の範囲で作ります。お米だけならおにぎり。パンだけ・・・ということも。田中3等陸佐は隊員にお湯を沸かすよう命じます。


    「せめてスープだけでも」
     

    そう思われたからです。あり合わせの材料でパンとともにスープを提供。
    自治体によっては、姉妹都市から救援物資として野菜や肉が届いたそうで、お米はある・・・、ということで、「カレーを作って」のリクエストにも応え、“ゴボウ入りカレー”を提供されたそうです。支給食材を使わなくてはならないですものね。でも、冷たい体育館での避難者の方々には、湯気が上がるこの”ゴボウ入りカレ”はとてもとても好評だったのは言うまでもありません。

     
    任務を終えた田中3等陸佐は話す。


    「余震が続き、大変な時期がまだ続く。第2のふるさとではないけれど自分たちが活動したことで(茨城県北部には)特別な思いがある」。


    「茨城愛」こそが自衛隊員自らを支えているのですね。
    「国思う心」が・・・。


    ********

    先月末には、東日本大震災で被災した宮城県石巻市などで活動中の陸上自衛隊第14旅団(香川県善通寺市)の隊員の方が、石巻市立大川小の児童とみられる女の子から、捜索活動に感謝する手紙が届きました。石巻市立大川小は、約7割もの児童が津波にのみこまれ、死亡・行方不明となっている学校です。



    女児が陸上自衛隊第14旅団の隊員に手渡した手紙(同旅団提供)


    「つなみのせいで、
    大川小学校のわたしのおともだちが
    みんなしんでしまいました。
    じえいたいさんが
    がんばってくれているので、
    わたしもがんばります」


    そして、


    「日本をたすけてください。
    いつもおうえんしています。
    じえいたいさんありがとう」


    この手紙は、コピーされ他の隊員の方々にも配られたそうです。そして、その多くの隊員が財布などに入れて持ち歩いているそうです。ここでも、一通の感謝の手紙が自衛隊の方々の心の支えになっているのですね。


    *******

    メッセージを送ることが、どんなかたちであっても、少しでも自衛隊のみなさんの「役」にたってくれるのなら、応援メッセージを送ろう、そして、あふれそうな感謝の気持ちを声にして届けよう。
    今さらながら、そう感じました。
    「声なんか届けても、なんもかわらんやろ。逆に迷惑かもしれんで。「モノ」や「お金」やったら別なんやろけど・・・」なんて、mattakeに言われて、「もしかしたら、そうかもしれないな・・・」と思ってしまい(←情けないかな、mattakeにいわれると、自分の考えることに自信がもてなくなっちゃう傾向が強くて・・・)、正直、「義援金」や「ドリンク」募金などの「カタチ」あるものにこだわっていました。


    でも、そうじゃない。
    やっぱり「心の声」が聞こえてくるのは、とってもうれしいこと。私だってそうだもの・・・。辛く苦しいときに「ガンバレ」って言ってもらえてどれだけうれしかったか・・・。
    だから、躊躇していたメッセージを送ることにしました。(今さらこんなことをかいてごめんなさい)

    自衛官に名誉を授けよ〜武人が威張る国家は滅びる。だが、武人の名誉を称(たた)えぬ国家もまた、滅亡を免れない。

    自衛隊のこと comments(0) trackbacks(0) まったけの嫁


    武人が威張る国家は滅びる。
    だが、
    武人の名誉を称えぬ国家もまた、
    滅亡を免れない。



    宮城県名取市閖上地区の被災地で、地震発生時間に黙とうする自衛隊員=11日午後2時46分


    【野口裕之の安全保障読本】
    自衛官に名誉を授けよ
    http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110414/plc11041400340001-n1.htm
    2011.4.14 00:31


    東日本大震災における、自衛官の目覚ましい活躍に、多くの国民が「瞠目(どうもく:驚いたり感心したりして、目をみはること)」している。だが、小欄(しょうらん:へりくだった表現での「自分の記事」)は「瞠目」などしない。自衛官の日常、使命感、覚悟、練度(れんど:訓練を積み重ねて得られる、熟練の程度)…に日頃から接してきたから、驚いては礼を欠く。ただ、無残に傷んだ数多(あまた)の骸(むくろ)が目に、頭に焼き付き、本当に泣きたいのは自衛官であるのに、黙々と任務を果たす自衛官から放たれる「まぶしさ」は、こちらの眼(まなこ)を潤ませる。


    この際、国家・国民に問いたい。過去、無数に放たれたであろう、この「まぶしさ」を「正視」してきたのか、と。意図的か否かは別として「無視」してきた罪は免れぬ。そうでなければ、現役自衛官を叙勲(じょくん:勲位・勲章を授けること)しない、武人に対する不名誉・無礼が、創隊(昭和25年)以来続いてきた国家的怠慢への説明がつかない。


    自衛隊福島地方協力本部相双地域事務所は東京電力福島第1原子力発電所の北23.4キロの南相馬市にある。政府が「自主避難」を促してなお、5人の自衛官が守る。人口7万千人の大半が避難し、街はゴーストタウンと化した。それでも、居残った人々が屋内退避しているから、放射能を気にしながら物資輸送などを行っている。所長は「万が一の場合、住民全員の退避を確認するまで、この場を離れない。最後に街を出るのはわれわれだ」と「覚悟を決めている」。


    「覚悟」を口にしてはいるが、菅直人首相のように「覚悟」の前に「決死の」などと“修飾語”を軽々しく付けないあたりに、真(まこと)の「覚悟」が透ける。


    5人の自衛官は特別な存在ではない。一般国民よりはるかに鍛えてはいるが「生身の人間」だ。その「生身の人間」が、洗浄を伴う1万体近い遺体収容や千体以上の遺体搬送を担っている。担架が不足し、子供の小さな亡(なき)(がら)は抱きかかえて運ぶ。同じ年頃の子を持つ自衛官には、これがこたえる。「引きずる」のだ。


    もっとも、自衛官も数人が死亡し、自身の家族の死傷や行方不明は数百人を数える。遺体収容施設に亡骸を搬送・安置し、合掌し、再び現場に戻るそのとき、親・兄弟や愛する人を探したい衝動を「その度に抑えている」という。


    (か)く闘えり自衛官に、この国は名誉を与えない。武人は武勲・功績に応じて祖国から勲章が贈られるが、現役自衛官に叙勲はない。70歳を何年か過ぎて初めて勲章が贈られる。それでも、制服組最高位・統幕長や陸海空自トップ・各幕僚長ですら中央省庁の事務次官程度。現在、自衛隊を直接指揮する東北方面総監は局長級、陸将補(少将)は課長級という格の低さである。下士官・士(兵)に至っては退官後ですら叙勲されない。


    厳しい訓練や過酷な出動を重ねることから、軍隊では平時でも殉職者が多い。自衛隊員も創隊以来1800人以上が公務中に命を落としている。自衛隊員は入隊時に「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め…」と「服務の宣誓」を、法により義務付けられてもいる。本来、武人に勲章が授与される所以(ゆえん)はここにある。 


    勲章は礼装に飾り、日常着用する軍服には勲章の略章を着ける。しかし、防衛省が定める防衛功労章は国家が授与する勲章ではなく、省が独自に制定した“メダル”でしかない。防衛記念章の方は功労章なる“メダル”に対する事実上の略章たる位置付け。40種類も定めている割に、自衛隊内で「グリコのおまけ」と揶揄(やゆ)されるのは、こうした“重み”故だ。自衛官が外国や在日大使館における公式パーティーへの出席を厭う(いとう:嫌う)理由は、礼装に着ける勲章がないからでもある。もっとも、勲章を着けている自衛官を時に見かける。実は海外勤務・任務などの際、現地政府から授与された勲章だ。


    英国では軍人に「ナイト爵」の一つである「功績勲章」を1902年のエドワード7世の、「大英勲章」を17年のジョージ5世の、それぞれ時代から設けている。時の君主が受章者の肩に剣で触れる儀式は今も続く。フランスには「レジオン・ド・ヌール勲章」「国家功労勲章」▽スペインには国王と政府が授ける陸海空軍別「功労勲章」▽イタリアにも「イタリア共和国功績勲章」などが制定されている。米国では、民間人向けの「大統領自由記章」以外の多くは、軍人向け勲章という徹底ぶりだ。 


    日本では国家・国益のために貢献したとも思えぬ政治家や首長、官僚が恥ずることなく受章する。組織には「信賞」があるから「必罰」がある。国家の統治も同じで、法による「罰則」の一方で、栄典制度による「顕彰」があるから成り立っている。現職自衛官には「必罰」だけで「信賞」が存在しない。

    武人が威張る国家は滅びる。だが、武人の名誉を称(たた)えぬ国家もまた、滅亡を免れない。




    野口裕之

    野口裕之
    産経経新聞記者(政治部編集委員)


    HATENA
    によると、氏は安全保障・軍事問題を専門とし、1998年に北朝鮮がテポドン発射実験の準備に入ったことをスクープして、翌年の新聞協会賞を受賞。現在は産経新聞にコラム「安全保障読本」、SANKEI EXPRESSにコラム「軍事情勢」を連載するほか、チャンネル桜「今日の自衛隊」などにも出演されています。防衛・軍事に関しては、右派が多いと見られる産経新聞記者の中でも随一のタカ派(強硬的な政治信条を持つ人または集団を指す言葉→強硬派・武闘派)だそうです。ただし、産経の軍事関連記事は詳しい人には評判が悪いそうですが、今回の記事「自衛官に名誉を授けよ」には強く共感しました。


    どんな場面でも、「認めてもらう」ということは人間にとって、生きていく上で大切なこと、そして必要不可欠なことだと思うから。





    災害派遣、現場自衛官から上がる悲痛な声〜なぜ政府は現場が活動しやすいように手を打たないのか

    自衛隊のこと comments(2) trackbacks(0) まったけの嫁



    崇高な使命を達成できるのは
    我々しかいない


    「自衛官は国民の生命と財産を守ることが任務であり、使命であり、当たり前のことなのです。」そういって、震災後から活動を続けてくださっている自衛隊のみなさまには感謝の気持ちに尽きます。「自衛隊」に関する記事やPhotoを目にするたび、心身ともに厳しく苦しい状況の中で「使命」「任務」とはいえ「国のため」「国民のため」黙々と作業されているみなさんを思うと知らず知らず涙があふれてきます。


    現役自衛官 藤井 源太郎氏の記事(JBPRESS)があります。多くの方に読んでほしいと思いました。「読んでどうなる」「知ってどうなる」「所詮、他人事・・・」主人にはそんなこと言われますが(←とても残念に思います)、やっぱり私はこういうことを非被災地の人間も知るべきだと思うから・・・。

    ----------

    災害派遣、現場自衛官から上がる悲痛な声
    なぜ政府は現場が活動しやすいように手を打たないのか
    2011.04.14(Thu)  藤井 源太郎  http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5869



    仙台市で遺体を捜索する自衛隊員ら
    (2011年3月28日撮影)〔AFPBB News

    美化することなく、英雄扱いすることなく、感謝も、慰労も求めておりません。ただただ、被災者の安心と被災地の復興のために必要な装備と、活動に対するご理解をいだたきたくて、国民の皆様にお伝え致します。


    1.被災地の実情
    多くの被災者は、想像を絶する悲しみや心身の苦痛を伴いながらもなお、冷静さを保って不自由な生活に辛抱されておられます。しかしながら、被災地の現実は、きれいごとや美談ばかりではありません。被災地では、地震および津波発生以来、避難者の自宅への不法侵入による窃盗や、ドラッグストアやスーパーからの商品窃盗、銀行その他のATMや金庫の破壊および盗難、車両の給油口をバールでこじ開けてのガソリン窃盗なども発生しています。



    被災者に生活物資を法外な値段で売りつける輩
    また、地元住民ではない人たちが自警団の目や警察の巡回をかいくぐって窃盗行為を行ったり、東京ナンバーの車両が、避難所周辺でロウソクやガスコンロ・ボンベなどの生活物資を法外な値段で売るような人もいます。捜索活動中に、バールなどでこじ開けられた金庫の残骸が多数発見されています。


    被災地では、マグロやサバ、特にイカの腐敗臭が非常に強くなっています。ご遺体の腐臭もあります。1カ月を経過して、今後ますます腐敗臭は強くなります。それは、自衛官の心身のストレスを高め、疲労させます。そして、泥は乾き、ご遺体の捜索、収容作業がますます困難になっています。津波の影響で、泥の上にがれきがあったのですが、がれきを撤去しても、その下の泥が日を追うごとに乾いて、ご遺体を隠してしまっているからです


    一方、沿岸部では、海上自衛隊の掃海隊群が中心となって、ご遺体の捜索が行われています。その主体は、海の中で発見された不発弾や機雷等爆発物の水中処分(Explosive Ordnance Disposal:EOD) を任務とする水中処分員です。



    少し力をかけただけでボロボロになる遺体
    こちらも、津波で流された木片や浮遊物といった障害物を除去しながら、捜索しています。特に、3週から5週目の間に、多くのご遺体は海中で膨張するため浮き上がってきます。そのため、地引き網より編み目の細い網で、慎重に収容します。少しのテンションでもぼろぼろになるので、丁寧に、丁寧に、棺やご遺体袋へ納めます。車から脱出できなかったご遺体や自宅ごと流され家から出られなかったご遺体は、なかなか浮上しませんので、極めて困難な収容作業となっています。


    しかし、このEOD員も、自民党時代から続く連年の人員削減、すなわち部隊の近代化、集約化と称する削減により、隊員数が少ないのです。横須賀、呉、佐世保にわずか4個隊(30隻)しかおらず、掃海隊が交代でことに当たっているものの、連日数度の捜索により隊員個々の疲労が蓄積しています。それでもなお、「我々は艦艇に戻れば温食、お風呂がある。現地で冷たい食事して、毛布にくるまって寝ている陸・空自の方が大変だ」という他部隊を労(いたわ)る言葉を発してくれます。


    いずれも梅雨が始まり作業が困難になってしまう6月までが勝負と、日々全力で作業に当たっています。



    2.相変わらずの装備品不足
    泥濘(ぬかるみ)や水位の高い場所で作業する場合、防水ツナギ(胴付き長靴)を履いて行うのですが、このツナギの靴部分は軽易なゴム製になっており、非常にタイトなため半長靴を履いたままでは履けません。そのため、半長靴なしで胴付き長靴を履きます。その結果、がれきが散乱している現場では、釘などが長靴のゴムを貫通して足裏に刺さるという負傷事故が多数発生しています。


    ケガをしても抗生物質がない!


    遺体を捜す自衛隊員〔AFPBB News〕

    なお、その胴付き長靴すら需品在庫が少ないため、民間から買い上げています。加えて、現場に随行している衛生班には抗生物質が不足しており、十分な衛生が行えておりません。


    原子力災害用では、ヨウ化カリウム剤が不足しています。陸自の福島駐屯地や空自の百里基地に集積されているものの、原子力災害派遣部隊は各部隊1000錠ずつ用意して派遣隊員に持たせることになっています。しかし、部隊ごとに製薬会社と調整するため交渉が難航しており、いまだ購入に至っておりません。今後、福島第一原発付近でのご遺体捜索や、がれき等の除去作業を行ううえで、薬剤の不足が予見されます。


    防衛大臣は、中期防衛力整備計画において約1000億円の予備費(安全保障会議の承認を得て支出し得る予備的経費)を持っています。その予備費を、今こそ現場が渇望している最低限の装備や薬剤などの購入費として活用することはできないものでしょうか。



    私物の携帯電話で連絡を取り合う隊員たち
    自衛隊の行動は編制単位部隊(いわゆる○○中隊や○○隊)毎で行われます。その下に、小隊や分隊、班があります。被災地で活動する場合、中隊長や隊長の指揮の下、小隊に別れて作業を行います。部隊間の連絡は野外通信用の携帯無線機を使用するのですが、小隊に1台、分隊にはなしというのが当たり前になっています。


    小隊以下はどのように連絡を取っていると思いますか?


    それは隊員の私物携帯(通信料ももちろん隊員負担)です。電波が通らない所では、伝令を走らせるか大声で呼ぶのです。肝心の携帯無線機の周波数帯も、警察、消防、国交省が良いところを押さえているため、防衛省の割り当て区域は、伝播(でんぱ)能力の低い周波数帯です。ちょっとした障害物で電波が届かないとか、この位置から少しずれると電波が入らないということが多いのです。



    懐中電灯も自衛隊員の私物


    擦り切れた自衛隊員の手袋〔AFPBB News〕

    こういった非常事態の場合においては、実際の活動状況を踏まえたうえで、伝播能力の高い周波数帯の割り当てを再検討して頂きたいです。


    東北の夜は早く、夕方になると暗くなります。その際、懐中電灯やヘッドライトを使用しますが、これもほとんど隊員の私物です。官品は、懐中電灯で約30人の小隊で5個程度、ヘッドライトの支給はなしLEDライトは、100人以上いる各中隊で5個程度。私物用の電池も、隊員が自腹で購入しており、官品補給はありません


    海上自衛隊や米海軍のほか、民間船による海上輸送も始まりましたが、荷揚げ作業に用いる施設器材が不足しています。また、被災地では、がれきと車両などの除去を行っていますが、がれき除去の進捗に比べ、車両などの除去が圧倒的に捗っておりません。陸海空自の築城施設器材を動員して作業に当たっていますが、不足しているからです。



    民間の建設機械を貸与してほしい
    クレーンを例に取ると、施設部隊や後方支援部隊に、トラック・クレーン、重装輪回収車、簡易クレーン付き3.5トントラックなどがあります。しかし、簡易クレーンは軽量物しか運べませんし、重装輪回収車は重量物を持ち上げられてもその速度は極めて遅いので、やはりトラック・クレーンが適しているのですが、台数がそんなにありません。


    自衛官は大型自動車、トラック・クレーン、玉かけ、フォークリフトなどの免許を持っている隊員が多数おります。現場に必要な築城建設器材を、民間から借り上げてでも用意して頂ければ、被災地の方々へ迅速に救援物資を運ぶことができます。


    政府にあっては、是非、防衛省を超えた施設器材等の管理換えを英断して頂きたいです。3.5トントラックも不足しており、現場では高機動車(陸上自衛隊が装備している人員輸送用車両)を使用しています。



    自衛隊に災害救助の予算はほとんどない


    災害派遣された自衛隊の車両〔AFPBB News〕

    しかしこの高機動車も問題です。トヨタ自動車が開発した650万円の車両なのですが、雨天時にはメーター類や器材をビニールシートで覆って走行しなければなりません。また、頼みのランフラットタイヤもがれきでパンクしやすく、パンクすればわずか40キロ程しか走行できません。


    原子力災害やテロ対策は、空港、港湾警備と同じで、防衛省ではなく、警察の所掌業務であり、警察に予算がついています。放射線や放射性物質災害やテロ対策についても、警察と消防に予算がついており、防衛省にはCBRNテロ対策名目で、主に生物、化学兵器対策でしか予算はついていません。そのため、放射線防護服や除染車、無人機などの装備は、警察、消防の方が充実しているのです。



    放射線防護服も絶対的に不足
    自衛隊の化学防護衣は、化学部隊を除いて、陸自では100人当たり10着程度しか配分されていませんし、海空自についても航空機救難(航空機事故)や基地警備に当たる隊員用にわずかしかありません。また、自衛隊の大型消防車は、消防庁と違い、基地、空港内だけの運用で長距離走行を意図していませんし、20年選手が多く老朽化しているため、フェリー輸送する際船着き場へ着くまでに故障しています。


    自衛隊は戦う組織だから、自衛隊の方が何だか良い装備を持っていると思うのは、幻想にしか過ぎません。


    隊員は、使命感を持って任務の完遂に取り組んでいますが、政府にあっては、現場の隊員個人の努力に頼りすぎず、長期化を見越して現場に必要なものを用意して頂きたいです

     

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