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    被災者の戸籍が大量に乗っ取られる?〜戸籍を乗っ取り、他人に「なりすます」ような犯罪は「背乗り(はいのり)」と呼ばれている。多くの犯罪者は機会があれば、それを実行するらしい・・・

    東日本大震災、そしてその後の被災地 comments(5) trackbacks(0) まったけの嫁
    JUGEMテーマ:日本の危機を救え

    これ、大変じゃね?

    震災後から心配されていた戸籍乗っ取りについて、Darkness さんブログが、わかりやすく記事にされています。読んでいて背筋がゾッとしました・・・。こういった現状を、被災地の皆さんは、ご存じなのかな・・・。
     ↓

    被災者の戸籍が大量に乗っ取られる危険な事態になっている
    2013年9月21日土曜日
    http://www.bllackz.com/2013/09/blog-post_21.html

    2011年3月11日に起きた東日本大震災では、約2万人近くの死者が出ている。中には、家族全員が亡くなってしまったケースや、単身者が人知れず亡くなったケースも多い。

    そして、現在になって、非常にきな臭く薄気味悪い事象が出てきているという。

    死者や行方不明者の「戸籍」が一部で、異様な動きがポツリポツリと起きているのだ。何が起きているのか。

    「死んだはずの人間」が、よその県で次々と他市町に転入届が出されているのである。

    警察と公安は非常に神経を尖らせて、戸籍の動きをチェックしていると言われているが、死んだはず、あるいは行方不明のはずの人間が、なぜ今になって生き返って戸籍を動かそうとしているのか。

    最も危険なのは住民基本台帳が失われた宮城県南三陸町だが、東日本大震災で被害に死者を出した県はすべてが「要注意区域」となって、現在、警察と公安の監視下に置かれている

    何が起きているのか明白だ。誰かが「戸籍乗っ取り」をして「なりすまし」を行おうとしているのである。


    ■宮城県南三陸町に住んでいたという人々の戸籍

    もう一度言うが、現在、非常に危険な状況になっている。「戸籍」を巡って、非常事態が裏で起きつつあると言ってもいいかもしれない。
    何者かが「戸籍」を乗っ取ろうとして暗躍している

    分かりやすく、現在の被災地で起きている現象をまとめると次のようになる。

    (1)悪意ある人間が被災地に入る
    (2)家族がいない死者・行方不明者を捜す
    (3)他市町村で、本人のふりをして転入届
    (4)その人間に、なりすます


    こういうことが現在、起きているのである。誰かが、他人になりすまそうとして、実際に動き出している。明確な「なりすまし」の犯罪が起きている。


    警視庁や公安が対処しようとしているが、すでに乗っ取られた「戸籍」も少なからずあると言われている。中でも問題になっているのが、宮城県南三陸町に住んでいたという人々の戸籍である。

    実際の戸籍は失われ、転入届を受け付ける行政機関は、目の前の人間が本人なのかどうか、もはや確認する方法がなく、受け付けざるを得なくなっている


    こういった戸籍乗っ取りをして他人に「なりすます」ような犯罪は背乗り(はいのり)」と呼ばれている。

    他人の人生をそのまま乗っ取ってしまうのだから、卑劣で、陰湿で、悪質で、危険犯罪である。


    ■犯罪的な行動を次々と企画・実行することが可能

    そもそも、他人になりすまして、どんなメリットがあるのか。もちろん、いろんなメリットがある。

    背乗りした人間が外国人だったら、当然、日本人になりすますことで、日本の行政サービスを受け、生活保護を受けたり、年金を受けたり、日本人として日本企業に就職することが可能になる

    また、背乗りした人間が犯罪者だったら、当然、過去の自分の犯罪を抹殺することが可能になる

    さらに、背乗りした人間の戸籍を使い捨てするのであれば、その人間になりすまして多額の借金をしまくり、最後にその戸籍を捨ててカネを持って逃げることが可能になる

    背乗りする戸籍が裕福な家系であれば、その家系を名乗ることによって身分詐称で箔を付けたり、遺産を乗っ取ったりすることもできるようになる

    あるいは、背乗りすることによって元の自分の戸籍と、背乗りの戸籍をふたつ使い分けることができるので、マネー・ロンダリングも可能になる

    背乗りした人間がスパイだったら、日本人の国籍を取って日本人として安心させて政治家・公務員に近づき、情報を盗み取ることが可能になる


    要するに、背乗りするというのは、他人の戸籍を乗っ取って犯罪的な行動を次々と企画・実行することが可能になるのである

    だから、多くの犯罪者は背乗りの機会があれば、それを実行する。


    実際に、背乗りの事件は多発している。北朝鮮・韓国系の犯罪者が、まず目指すのがこの「日本人なりすまし」なのである。


    背乗りは外国人スパイにとっては絶好の身分保障

    北朝鮮が関与した背乗り事件の例で、もっとも有名なのは、辛光洙(シン・ガンス)事件だ。

    この男は金正日の命を受けて日本に潜入し、大阪で暮らしていた日本人の戸籍を乗っ取って、日本で日本人の拉致を指揮していた。1978年に起きた13歳の横田めぐみさんの拉致を実行したのもこの男だった。

    日本の警察や公安は、この辛光洙の背乗りを把握していなかったが、背乗りとは一度成功すると、長期間に渡って身元が発覚しないことが多い

    同じく日本人拉致の実行犯だったチェ・スンチョルという北朝鮮の工作員は、1人のみならず、2人の日本人の戸籍を背乗りしている。

    2012年に逮捕されたオウム逃亡犯の高橋克也や菊地直子も、やはり他人の戸籍を背乗りしていた。


    日本にはスパイ防止法がないので、こういった背乗りは外国人スパイにとっては絶好の身分保障になる。日本人に「なりすます」悪意のある人間を、厳しく取り締まらなければならない理由はまさにここにある。

    拉致も、スパイ行為も、扇動も、収奪も、情報漏洩も、何もかもがやりたい放題になって日本は何一つ対抗できない。

    こういった「なりすまし」日本人が役所に就職すると、日本人の戸籍をすべて引き抜かれて国外に持って行かれ、さらなる背乗りが可能になる。

    あなたの目の前にいる人間が、もしかしたら本人ではなくて、誰かの「なりすまし」だったら、薄気味悪くて仕方がないはずだ。しかし、そういった事態が日本の裏側でずっと起きているのである。


    そして今、東日本大震災で亡くなった約2万人と、被災した人々の戸籍が、背乗りに狙われている。大きな犯罪が闇で動いていると言っていい。

    すでに背乗りされた戸籍が大量に出ていて、「なりすまし」のニセモノ日本人が山ほど生まれているかもしれない。
    (後略)


    ここまで**


    ”多くの犯罪者は背乗りの機会があれば、それを実行する”

    哀しく辛い震災は、犯罪者にとっては、またとない「チャンス」なわけで。その「チャンス」を逃すわけないですよね・・・。


    ”こういった「なりすまし」日本人が役所に就職すると、日本人の戸籍をすべて引き抜かれて国外に持って行かれ、さらなる背乗りが可能になる”

    宮城県南三陸町をはじめ、東日本大震災で死者が出た県すべては、「要注意区域」となって、警察と公安の監視下に置かれているとのことですが、転入届けを受入れる側の自治体にも、こういった状況を把握し、転入届け受理の際には、「なりすまし」でないかどうかを何等かのかたちできちんと確認してもらいたいものです。


    ”すでに背乗りされた戸籍が大量に出ていて、「なりすまし」のニセモノ日本人が山ほど生まれているかもしれない”

     ↑
    メチャメチャ怖いんですけど。

    私には、「托す」ことしかできませんが、

    公安、警察、そしてお役所の方々、どうか日本国民を、日本を守ってください!

    被災地の人たちが、こんな「不安」や「心配」を感じなくてもいいように・・・。





    「全国の皆さんに被災地のことを忘れないでほしい」〜被災地高校生が綴る感謝と日々の暮らしを伝えるブログ

    東日本大震災、そしてその後の被災地 comments(1) trackbacks(0) まったけの嫁


    初めてのボランティアで、遺体安置所のドライアイス入れという体験をした高校生のブログ記事です。

    被災地高校生からの復興


    2011年06月11日(土)の記事から


    震災体験記 震災から3ヶ月・・・
    テーマ:震災体験記
     

    前回に続き、Sが震災体験記を送りたいと思います。
    前回の続きを書く気でいましたが、ボランティアの記事を書きたいので時間をを飛ばして体験記を書きたいと思います。もしよかったらお付き合いください。
    3月11日から3ヶ月。確実に変わりつつある被災地、気仙沼。
    大変な状況にある方も多くいますが前に進んでいます。


    いまだに、行方不明者のいる中でこんなことを書くことは不謹慎かもしれません。
    もしこの記事を読んで不愉快になった方は申し訳ありません。
    そして、本当か?と疑いかもしれませんが、事実です。
    ただ、私自身ここで書くことで自分だけが被害者だと思い同情を求めるだけで気持ちが楽になるかもしれないと思い書きます。



    3月23日
    。震災から12日目。私の家では被害が無く、電気も戻り生活が元にもどり始めましたが学校が休校だったので初めてボランティアに行くことにしました。


    そのときは気仙沼市がボランティア申請や仕事分担をしていたので気仙沼市役所に同級生の友達2人と一緒に3人で行きました。初めてなのでどんな仕事をやるのかわからず申請をしたら、市役所の人に「ドライアイスを砕く仕事をしてもらいます」とだけ言われた。そのときにはドライアイス砕くだけなら簡単だなーと思ってました。ほかに同い年の高校生と大人の方が1人ついて5人で作業することになりました。


    市役所の人が車を出してくれてまず、面瀬小学校までいきました。
    そのとき面瀬小学校は死体安置所になっていました。


    着いたときに「高校生が死体安置所で活動って・・・・」と言葉を失いました。
    たぶん他県から送られているドライアイスを下ろし、体育館の外で軍手を2重にしてのこぎりで30センチ四方のドライアイスに切れ目をいれて15センチ四方に斧で割っていきます。


    それから体育館のなかに持っていくように言われました。体育館に入ったとき友達は「映画で見たことあるよね」といいました。私はブルーシートの上に棺が並んでいる体育館を見て怖かったです。はっきり言いますとにおいも外とは違います。


    体育館の端のほうでは警察の方が遺体を棺に入れようとしています。作業始めのころは警察か役所の人か葬儀関係者の人かわかりませんが、その方々に割ったドライアイスを渡していくだけです。


    作業途中、ドライアイスを持っていると「ここの棺に入れて」と言われました。何を言っているかわからなく動揺しましたが、目の前で棺を開けられて「胸のところに2ついれて」と言われ、言われるがまま二つ置きました。


    棺の中の遺体は服袋に入ってるため直接見えないようにされていますが、棺の上に写真が乗っているので結局見ることになります。焼死体や離脱死体も多くあり、地震の恐ろしさを改めて感じました。100個ぐらいある棺に入れ終えて作業終了。



    移動して白山小学校。
    同じ作業をしました。一緒に来た同級生の女子も棺の中にドライアイスを入れる仕事をしましたが、1回やるだけで「無理」と言って砕く仕事に専念してました。


    その後新城小学校、階上小学校と半日で4箇所の安置所を回り、市役所に戻ってきました。ボランティアであるのにかかわらずお昼ご飯をもらいました。おにぎり2個と味噌汁とドーナツを2つもらい、解散。



    一緒に作業した同級生は、そのときおばあちゃんが見つかっていなくて、安置所周りもしたそうです。そのとき安置所にある遺体の写真リストを見せられたそうです。だからもう慣れたといって作業をしてました。


    作業中はあまり深く考えませんでしたが、家に帰り一人になると恐怖感に襲われました。安置所でみた写真が頭から放れずその日はぜんぜん眠れませんでした。眠りについても夢では津波に呑まれる夢でした・・・


    1週間はそのことしか考えられませんでした。


    安置所で作業する警察官が夢で遺体を数えてると精神的に傷ついている状態がよくわかります。



    南三陸町のほうでは大人が足りないため、被災直後は高校生が遺体運搬をしていたのも聞きました。これは本当かわかりません。高校生だって子供じゃない。大人として社会に受け入れられていることを自覚しなければならないと思いました。



    **

    私の息子ほどの子供たちが、辛い経験を現実として受け止めて、このブログを書いたのでしょうね。 


    ブログ主くんは、宮城県の被災地の高校生。
    メッセージにはこうかかれています。↓


    被災地の高校生が学校の生徒用避難所で暮らしています。
    日々の出来事を伝えていくためのブログです。

    私たちの今の願いは、
    「全国の皆さんに被災地のことを忘れないでほしい」
    そして今できること節電、節水、国産品の購入・・・
    自覚し続けることが願いです。




    どうか、踏んばって
    頑張ってほしい。
    そして、
    どうか頑張りすぎないで。

    こんな意味不明な言葉しかでてこない自分が情けないです。。。。

    できること、自覚し続けること忘れませんから。
    そして、被災地のこと、
    決して忘れてませんからね。




    水底の家族写真、少女の手に戻る〜とってもいいお話なんですが・・・

    東日本大震災、そしてその後の被災地 comments(0) trackbacks(0) まったけの嫁


    先日某新聞 にとってもイイお話がありましたのでご紹介します。


    水底の家族写真、少女の手に戻る 岩手・山田湾
    http://www.asahi.com/national/update/0610/TKY201106100532.html

    岩手・山田湾に震災後3カ月近く沈んでいた写真の少女は無事だった。
    朝日新聞記者とカメラマンが潜水取材で見つけた1枚。7日付朝刊で紹介したところ、「私の娘」と母親から連絡があった。記者が10日、少女と家族に手渡した。



    鈴木さんが昨年8月に同町の実家に戻った際の写真で、鈴木さんは「アルバムを捜したけれど見つからなくて。一枚でも見つかってうれしい」と喜んだ。

     
    実家は津波でさらわれ、萌ちゃんの祖母鈴木敏子さん(当時61)は亡くなった。
    祖父教之(のりゆき)さん(68)は家族写真を撮るのが趣味で、アルバムに整理するのが敏子さんの役だった。「何かあったらアルバムを持って逃げたい」と話していたという。(朝日新聞 6月11日)



    すごくいい話だと思うんだけど、

    見つかった写真が海中で3ヶ月経ってるにも関わらず、

    うまく海藻の間にあって泥も積もらずフニャともしておらず、

    まるで置かれたかのように表向きという出来過ぎた構図なので、

    朝日新聞だけに22年前のヤラセ珊瑚KY事件を思い出して、

    地上で見つけた写真を海中に持っていって撮影したんじゃないかと

    疑ってしまった私は心がすれているんでしょうか。



    参考リンク:
    Wikipedia:朝日新聞珊瑚記事捏造事件

    朝日珊瑚事件を語り継ぐサイト 


    転載元:
    あんた何様?日記





    イギリスが報じた震災直後と3ヵ月後の比較〜こういう報道を日本でもしてほしいです(PC閲覧推奨)

    東日本大震災、そしてその後の被災地 comments(3) trackbacks(0) まったけの嫁


    イギリスが報じた震災直後と3ヵ月後の比較写真一覧

    ※以下、Nifty機械翻訳訂正せずそのまま記載させていただいておりますので、日本語的におかしい部分がありますが、ご了承くださいませ。



    Just three months ago Japan was plunged into chaos after a cataclysmic earthquake sent a merciless tsunami crashing through towns and cities up and down the east coast.
    ちょうど3カ月前に、無慈悲な津波が町と都市を通って激動の地震で上下に東海岸にクラッシュした後に、日本はカオスに突入しました。


    The unforgiving tide of water obliterated tens of thousands of buildings, devouring almost anything in its path.
    経路でほとんど何でもむさぼり食って、水の容赦ない風潮は何万ものビルを抹消しました。


    Thousands of people died and hundreds of bodies have never been recovered.
    何千人もの人々が死にました、そして、何百もの遺体が一度も収容されたことがありません。


    The heart-breaking images of families desperately searching for loved ones amid the rubble of their homes sent shockwaves around the world.
    彼らの家の瓦礫の中に絶望的に親類を捜し求めている家族の痛ましいイメージは世界中の衝撃波を送りました。


    Now, three months on, these images show the Japanese people remain undaunted by the havoc nature has wreaked on their homeland as step by step they rebuild their nation.
    これらのイメージが、日本人の人々が勇敢なままで残っているのを3カ月後で示しているので、彼らが一歩一歩自分達の国を再建するので彼らの故国で加えられて、大破壊自然は持っています。




    The pleasure boat ''Hamayuri'' washed up on the rooftop of an inn by tsunami and a building have so far been removed in the town of Otsuchi, Iwate Prefecture, on April 6, top, and on June 3, bottom.
    4月6日の先頭のOtsuchi、岩手県の町、および6月3日に今までのところ津波とビルによって旅館の屋根に洗われたプレジャーボート"Hamayuri"を取り除きました、下部。


    A Shinto shrine gate and surroundings in the town of Otsuchi, Iwate Prefecture three days after the March 11 earthquake and tsunami and the same spot on June 3
    3月11日の地震と津波の3日後のOtsuchi、岩手県の町の神社のゲートと環境と同じ正確な6月3日


    But despite their progress, stark reminders of the work left to do means the resilience of this Asian country is still being tested.
    しかし、それらの進歩にもかかわらず、するのを残っている仕事の明確な督促状は、このアジアの国の弾力がまだテストされていることを意味します。


    Headway in the clean-up has been made in the town of Otsuchi in Iwate Prefecture where the pleasure boat ''Hamayuri'', which was remarkably washed up on the rooftop of an inn, has been removed, along with a building shattered by the the wall of water.
    プレジャーボート"Hamayuri"(旅館の屋根に著しく洗われた)を取り除いてある岩手県でOtsuchiの町でクリーンアップの前進をしました、水の壁によって砕かれたビルと共に。


    Further down is an image of a Shinto shrine gate in the town three days after the March 11 disaster.
    さらに下がるのは、3月11日の災害の3日後の町の神社のゲートのイメージです。


    The same spot on June 3 which shows thousands of tonnes of rubbish, which had lay smouldering in an almost post-apolcalyptic landscape, has been cleared, roads re-laid and power lines restored.
    どれがほとんどポストapolcalypticな風景をくすぶりながら横たえて、きれいにされた何千トンものくずを見せているか、そして、リレーされた道路と送電線が回復した同じ正確な6月3日。


    Civilisation appears to have returned in Natori in Miyagi prefecture too.
    文明は県の宮城でも名取で戻ったように見えます。


    The first image shows a towering wall of ocean crashing through trees devastating homes and businesses lining the coast, tearing down power lines and drowning anything in its path.
    最初のイメージは、海洋の高くそびえている壁が木を通して破壊的な家と海岸に立ち並んでいるビジネスを墜落させるのを示しています、送電線を取りこわして、経路で何でもおぼれさせて。


     
    A residential area being hit by the tsunami in Natori, Miyagi prefecture, top, and the same area, with only one house remaining on June 3, bottom
    1軒の家だけが6月3日に残っていて、名取、県の宮城の津波に見舞われる住宅地域、先端、および同じ領域は底に達します。


    A parking lot of a shopping centre filled with houses and debris in Otsuchi town, Iwate prefecture two days after the earthquake hit and the same area picture on June 3
    Otsuchi町で家と残骸で満たされたショッピングセンター、地震が当たった後に2日間の県の岩手、および6月3日の同じ領域の絵の駐車場


    Astonishingly just one house survived the wave and a lone digger is pictured having cleared away the once thriving community reduced to rubble.
    驚いたことに、ちょうど1軒の家が波を乗り切りました、そして、瓦礫に変えられたかつて盛んな共同体を片づけて、ひとりの坑夫は描写されています。
    Hundreds of cars parked in the foreground remain abandoned and appear to be the only reminder of the devastation.
    フォアグランドで駐車された何百台もの車が、捨てられたままで残っていて、荒廃を唯一の思い出させるものであるように見えます。


    Similarly, the striking image of a ship atop tonnes of rubble in the Kesennuma in Miyagi prefecture on March 20 was projected around the world and became a symbol of the disaster.
    同様に、3月20日の県の宮城のKesennumaのトンの瓦礫の上の船の衝撃的なイメージは、世界中に映し出されて、災害のシンボルになりました。


    The photograph shows grey smoke filled skies above a path of destruction, but three months on, much of the debris has been cleared, power lines restored and hope is on the horizon.
    写真は、煙が破壊の経路の上の空をいっぱいにしたのを灰色に示していますが、3カ月後の間、残骸の多くが儲けられています、そして、返された送電線と望みが地平線にあります。


    A car park in a shopping centre, filled with houses and debris in Otsuchi town in Iwate prefecture is also back on its feet and signs of life are returning.
    ショッピングセンターの駐車場、岩手のOtsuchi町で家と残骸で満たされて、県は足にも戻っています、そして、生きている兆候は戻っています。


    Parking spaces are clearly visible where piles of wood, bricks, and vehicles lay strewn just a few weeks ago.
    駐車場はわずか数週間前に、木、レンガ、および乗り物の山がゴロゴロしていた状態であったところで明確に目に見えます。


     
    A view of earthquake and tsunami-hit Kesennuma, Miyagi prefecture on March 15, top, and the same area pictured on June 3
    6月3日に描写された3月15日の地震とKesennuma、県の津波に見舞われた宮城、先端、および同じ領域の眺望


    The final image shows local people walking through debris on a street in Kesennuma, Miyagi Prefecture to get water 48 hours after the disaster.
    最終的なイメージは、現地人が災害の48時間後に水を手に入れるためにKesennuma、宮城県の通りを残骸を通って歩くのを示しています。


    The same image on June 3 shows the massive tank which lay in the road has gone and a damaged house on the left side of the street has been cleared and restored.
    6月3日に関する同じイメージは、どれが道路に横たわったかが行って、通りの左側の被害を受けた家がきれいにされて、修復されたのを大規模なタンクに示しています。


    The 9.0 magnitude earthquake caused the worst crisis in Japan since the Second World War and left almost 28,000 people dead or missing.
    9.0マグニチュード地震は、第二次世界大戦以来の日本で最も悪い危機をもたらして、およそ2万8000人を死んでいるか、またはなくなっているままにしました。


    The clean-up bill is expected to top £184 billion and radiation fears from the stricken Fukushima nuclear plant are still growing after four of the reactors were damaged leading to radiation leaks.
    クリーンアップ法案が1840億ポンドを付けると予想されて、4個の原子炉が放射能漏れに通じながら破損した後に、傷ついた福島原子力発電所からの放射の恐怖はまだ成長しています。


    This week, an earless bunny was born near the reactor in north east Japan raising concerns the radiation could have long-term side effects.
    今週、穂のないバニーは原子炉の近くで日本の上げが長期の副作用を持つことができたのが放射に関係がある東北で生まれました。


    Following the blast and initial leaks Japanese officials told people living near the plant to stay indoors and turn of air conditioning and also to not drink tap water.
    日本の政府関係者が、プラントの近くに住んでいる人々が、屋内に滞在して、回すと言った空調の爆破と初期の漏出に続いて、どんな飲み物の水道水にもそうしません。


    High levels of radiation are known to cause cancer and other health problems but scientists are not yet clear if the defect in the rabbit is linked to the blast.
    放射の高いレベルが癌と他の健康上の問題を引き起こすのが知られていますが、科学者は、ウサギの中の欠陥が爆破にリンクされるかどうかまだ明確ではありません。



     
    Local residents walking through debris on a street in Kesennuma, Miyagi Prefecture, to get water 48 hours after the disaster, top, and the same area on June 3 where a large tank and a damaged house on the left side of the street have been cleared away
    6月3日に災害、先端、および同じ領域の48時間後に通りの左側の大きいタンクと被害を受けた家が片づけられたところで水を手に入れるためにKesennuma、宮城県の通りを残骸を通って歩いている地元住人


    Japan's economy slipped into recession following the devastation and new data shows it shrank 0.9 percent in the first quarter of this financial year but experts say a recovery later this year as industry kicks into action.
    荒廃に続いて、不況に滑り込む日本の経済と新しいデータは、それがこの会計年度の第1四半期に0.9パーセント縮まったのを示していますが、産業が動作に蹴られるとき、専門家は、今年、回復を言います。


    Industrial output rose one per cent in April from a record decline in March.
    工業生産は4月に3月の記録的な衰退から1パーセント上昇しました。


    Manufacturers are making progress in restoring supply chains and ecnomists are predicting Gross Domestic Project to begin expanding again between July and September.
    メーカーはサプライ・チェーンを回復する際に進展しています、そして、ecnomistsは再び7月、9月の間に広がり始めるようにGross Domestic Projectを予測しています。
      


     

    A view of earthquake and tsunami-hit Kesennuma, Miyagi prefecture on March 20, left, and the same area after the building and debris was removed on June 3
    地震に関する意見、Kesennuma、あと3月20日の県の津波に見舞われた宮城、およびビルと残骸の後の同じ領域は6月3日に取り除かれました。



     

    Top, buildings are surrounded by debris in Onagawa, Miyagi prefecture, northeastern Japan, on March 16, 2011, days after the devastating earthquake and tsunami hit the area;
    先端、ビルは女川、県の宮城(北東の日本)で残骸によって囲まれます、2011年3月16日に、壊滅的な被害をもたらす地震と津波がその領域を見舞った何日も後に。


    and the same area, bottom, with the debris almost cleared
    そして、同じ領域(下部)は残骸でもう少しでクリアされるところでした。



    The coast is filled with destroyed houses and debris at Ishinomaki, Miyagi prefecture, northeastern Japan, one day after the earthquake and tsunami hit, top, and the same area, bottom, with the houses and debris cleared as photographed on June 3, 2011
    地震と津波ヒット(最高で、同じ領域)が底に達した後に、海岸はある日石巻、県の宮城(北東の日本)で破壊された家と残骸で満たされます、2011年6月3日に写真を撮られるように、きれいにされた家と残骸で




    A burnt pickup truck lies among debris swept away by the tsunami, top, and marguerites are in bloom along a cleared street corner in the same area June 3, in Kesennuma, Miyagi Prefecture, north-eastern Japan
    津波によって掃き捨てられた残骸の中に燃えた小型トラックがあります、最高であり、6月3日にマーガレットが同じ領域のクリアされた街角に沿った満開です、Kesennuma、宮城県、北東の日本で




     
     
    Fire engines park among the debris as a search for missing people goes on in Rikuzentakata, Iwate prefecture, northeastern Japan, on March 18, days after the devastating earthquake and tsunami hit the area, top, and the same area, bottom, with the debris almost cleared as photographed on June 6
    行方不明の人々の捜索が陸前高田、県の岩手(北東の日本)で先へ進むのに従って、消防車は残骸の中に駐車します、3月18日に、壊滅的な被害をもたらす地震と津波が領域、先端、および同じ領域を見舞った何日も後に、下部、6月6日に写真を撮られるように、ほとんどきれいにされた残骸で



     

    A ship swept away by the raging torrents lies among other debris on March 12, left, while a man on a bicycle pedals past a pedestrian on the same road June 4, 2011 in Miyako, Iwate Prefecture, north-eastern Japan
    自転車の上の男性は宮古、岩手県、北東の日本で2011年6月4日の同じ道路の上の歩行者の先でペダルを踏みますが、他の残骸の中に激しい急流によって掃き捨てられた船があと3月12日にあります。


    A group of firefighters head for a rescue operation March 13, top, while, bottom, a truck goes by the same road lined with electric poles June 6 in Minamisanriku, Miyagi Prefecture, northeastern Japan
    3月13日(先端)がゆったり過ごす救助活動のための消防士ヘッドのグループ、下部、トラックは6月6日にMinamisanriku、宮城県、北東の日本に電気ポールが立ち並んだ同じ道路のそばに行きます。

    ※ソース:http://www.dailymail.co.uk/news/article-2001984/Japan-tsunami-earthquake-Pictures-recovery-3-months-later.html#ixzz1Osln1Ex0(英文)

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    気仙沼にグラウンド・ゼロ「復興なんてまだまだ」
    http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110611/dst11061120570040-n1.htm



    がれきの中から発見された大漁旗が風にはためく中、地震発生時刻に震災モニュメント「気仙沼グラウンドゼロ」の前で犠牲者の冥福を祈る遺族=11日午後2時46分、宮城県気仙沼市


    3カ月…鯉のぼり手に黙とう 各地で慰霊
    http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110611/dst11061119460034-n1.htm


    飯野川第一小の校庭に上げられる多数のこいのぼり=11日午前、宮城県石巻市


    100日目の供養 前へ進むため「区切りが必要」
    http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110610/dst11061021280029-n1.htm


    ******

    あの日、突然命を奪われてしまった多くの人たちがいました。
    そして、絶望の淵に突き落とされ、また、悲しみにうちひしがれた多くの人たちがいました。
    ただただ、踏ん張ってこられた被災地の皆さん。
    あらためて、東北の方々の、日本人の「強さ」を感じました。
    そして、それを誇りに感じます。


    「復興なんてまだまだ」


    決して、被災地の人たちのことを忘れてはいけない・・・、そう感じました。
    できることを自分で探して、やっていこう。
    そう想います。



    震災から3カ月たっていまだこの惨状〜日本では報道されなかった過酷な被災地

    東日本大震災、そしてその後の被災地 comments(2) trackbacks(0) まったけの嫁


    政局が激しさを増している中、今回、産経新聞の【安藤慶太が斬る】で取り上げられたのは菅直人首相でした。


    ---(ここから)---


    かなりトホホなモラルハザード 
    菅首相退陣騒動に見る辟易(へきえき)
    辟易:うんざりすること。嫌気がさすこと。閉口すること。
    http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110612/plc11061212010003-n1.htm
     2011.6.12 12:00


    菅首相は現状に平気なのだろうか。
    こんなことって許されるのだろうか。
    民主党の政治家たちはこんなやりかたを是として済ませるのだろうか。



    出処進退は自分で決める。これがあるべき姿だとは私も考えている。

     
    不祥事をめぐって政治家が周囲から執拗(しつよう)に追及される場面を今まで何度も見てきた。辞任をうながされる場面だって珍しくないし、菅首相は野党時代、辞任をうながす急先鋒(せんぽう:先頭にたって進むもの)の政治家のひとりだったと思う。

     
    こうした追及の際、政治家はどういうことを考えるものなのだろう。

     
    自分が肩書にしがみついていないか。それとも自分の身の潔白、正当性を訴え続けるべきか。こうしたことは考えるに違いない。

     
    倒れる場合でも前のめりでありたい。そう願う人もいるだろう。一言も言い訳をせずに黙って周囲の非を丸ごと背負って辞めていく場合だってあるだろう。自分を支えてくれた人、自分を信じてくれた人に申し訳ないという場合だってあるに違いない。

     
    いずれにしてもどんな窮地に陥った場合でも、最終的な最後の決断だけは自分に委ね、自分で決めるべきである。それが正しい在り方だ、というのが「出処進退は自分で決めるべき」という考え方だ。ただ、これには別の意味も込められていて、一度口にしたが最後、取り消せないから自分でしっかり考えて後で後ろ指を刺されないようにしなさいよ、恥ずかしくない判断をしなさいよ、という意味でもある。

     
    その意味で菅首相は自分の言ったこと、やったことが何を意味するのか、しっかり今一度、考えてほしいと思う。今に至るも、8月までの続投話が出てくる。信じられない思いだ。


    歴代の首相を振り返ってみると、哀れな退陣劇はこれまでもあった。が、菅氏の場合、かなりいただけない。突出して見苦しいのである。



    信じられない朝令暮改
    朝礼暮改:朝に出した命令を夕方にはもう改めること。方針などが絶えず変わって定まらないこと。

    民主党代議士会での演説で辞意を表明し、それを受けて民主党の政治家たちは不信任案の否決に回った。のど元過ぎれば熱さ忘れるということなのだろうか。その後の夜の記者会見で、菅氏は直ちに辞めない旨、明言した。

     
    朝令暮改である。ほとんど国民へのだまし討ちに等しい光景だった。

     
    「こんなのありかよ!」 
    「政治や自分たちを愚弄するものだ!」
    「菅氏は政権にしがみついている!」

     
    素直に誰もがこういう確信を抱いたに違いない。

     
    私が思ったのはこのままでは菅首相の話などいずれ誰からも相手にされなくなるのではないかという危惧だった。最悪で醜い出処進退だといわざるを得ない。国民があきれた後になって「政権にしがみつくつもりはない」などと打ち消しに走っていたが、もはや躍起になればなるほど、逆効果というものである。



    自分の組織に火を投げ入れるトップの不見識


    菅首相が民主党の代議士会で口にした発言は次のようなものだ。

     
    「震災対策、原発対策に一定のめどが立った段階で若い世代に責任を引き継いでいきたい」

     
    まず注意をうながしたいのは、菅氏は辞任の時期をきちんと明言しなかった点だ。

     
    「一定のめど」とはどういう状態を指すのか、ちっとも分からない。原発の収束に一定のめどといったら、明日かもしれないし、10年以上かかるかもしれない。

     
    要は何も言っていないに等しいのだ。普通は退陣表明と取るが、本人にとっては「非退陣表明」のつもりだったかもしれないのである。

     
    菅氏に限らず、民主党の方々は、この手のどうにでも評価でき、後でどうにでも言い逃れが可能な言辞を弄ぶ場面が多すぎる。

     
    あんな発言をしてしまえば、世の中の次なる関心はほぼ全て「いつ菅首相は辞めるのか」という一点に向けられる。

     
    言い逃れが許されない問題というのは存在する。口にしてしまった以上、取り消せない問題がこの世の中にはある。そのひとつがこの手の出処進退だと思う。政治家の言葉は重いのである。

     
    「一定のめど」などという曖昧模糊とした辞任条件を打ち出してしまえば、普通は組織に火をもたらす。だから普通は迂闊(うかつ)にそうした発言はやらないものである。首相自身にどれだけそうした深い洞察があったのだろうか。疑問である。



    密約で首相の身分を縛る元首相


    実際、民主党内は菅首相の発言に右往左往した。鳩山由紀夫元首相にいたっては(自分の迂闊(うかつ:うっかりしていて心の行き届かないこと)さや不見識は棚に上げて)「ウソだ」「ペテン師だ」と菅首相を難じはじめた。

     
    確かに混乱の発端は「一定のめど」発言にあるし、一義的な責任は菅首相にあると思う。それは間違いない。

     
    ただ、見逃すべきでないのは菅首相も菅首相なら、鳩山氏も鳩山氏であるという点だ。そもそも一国の首相の身分をあんな変な密約を持ち出して制約を試みること自体、首相経験者としては不見識であると私は思う。サインをさせなかったのが政治家として甘いという批判もあった。

     
    確かに「甘い」と思うが、甘いで済ませる話ではない。あんな密約を持ちかける感覚から狂っているのだ。一体、自分で首相を務めていながら首相という職責をどう考えているのだろう。

     
    甘さをいうなら、鳩山氏だけが甘かったのではない。いつ辞めるのか、かなり怪しいまま、民主党はこぞって不信任案の否決に動いた。肝心の点を曖昧にしたまま、それで平気な民主党の面々は、国民の負託を忘れている証拠であり、鳩山氏と同様、相当、迂闊で甘いと思う。

     
    鳩山氏は菅首相の辞任の時期を6月中と言って批判を強めている。しかし、その当の鳩山氏自身が、次期衆院選には出馬しないとかつて語っていた。それを反故(ほご)にしていて、そのことをうやむやにしている。オバマ米大統領に「トラスト・ミー」といったが、その約束は果たしたのか、とも思う。


    民主党のツートップ2人に共通するのは言葉をきちんと定義しないで思わせぶりな言葉遣いを弄ぶ病弊である。先ほども述べたが、この病弊は2人だけではない。民主党の政治光景を眺めているとこうした光景があまりに多すぎる。



    無秩序で場当たり


    民主党政治を評して「お子ちゃまサッカーチームのようである」と評する表現があった。みんな勝とうと真剣なのだが、ボールが転がったところへ皆が無秩序・場当たり的に群がる。肝心の自分本来の役割を忘れてしまうというわけだ。チームプレーも何もあったものではない。その象徴的な存在が菅首相だというわけだ。

     
    「最少不幸社会」もそうだった。「理不尽を正す政治」も然りだ。「新しい公共」も同じである。どれも響きは良いが、定義がきちんと詰められていない漠とした言葉である。鳩山氏の「東シナ海を友愛の海に」なども同じで、在日米軍について大風呂敷を広げて沖縄県民を惑わしたことにも通じる感覚だ。

     
    在日米軍については「学べば学ぶにつけ、海兵隊のみならず沖縄の米軍が連携して抑止力を維持していると分かった」と言ってみたと思えば後になって「辺野古に戻らざるを得ない苦しい中で理屈付けしなければならず、考えあぐねて『抑止力』という言葉を使った。方便と言われれば方便だった」。こう平気でいえるのも鳩山氏ならではの感覚である。



    高校無償化だって…


    朝鮮学校への高校無償化適用にも通じる話だ。北朝鮮による砲撃事件で「わが国など北東アジアの平和と安全を損なう事態であり、国を挙げて情報の収集に努めた。不測の事態に備えた緊急の対応で、総理の指示で手続きを停止した」といって、無償化の手続きに急ブレーキをかけたのである。

     
    それまで文科省は外交上の判断で無償化の適用の是非判断はしないという立場だった。「不測の事態に備えた緊急の対応」というのは「わが国や国際社会にとって全く予想できない砲撃だった。わが国の平和と安全、まさに国家の存立を脅かす、そういう事態だった」。いつも彼らは場当たり的な対応を繰り返す。

     
    自分で自分たちの使う言葉がどう波及し、何を意味するのかを深く考えずに発言する。そして、その後の状況に応じて発言をコロコロはばからずに変えていくのだ。

     
    菅首相は自分の意気込みや思いが十分に国民に理解されていないことに憤っているらしい。「なぜ分かってくれないのか」と気持ちが萎えることもあるそうだ。為政者の孤独の吐露といえば、そういう話なのかもしれないが、菅首相の場合、責任の一端は、間違いなく自分の言辞にある。



    尖閣に注目しよう


    ところで今週は尖閣諸島に注目である。防衛省によれば、中国海軍のミサイル駆逐艦や潜水艦救難艦など計11隻が沖縄本島と宮古島の間を通過したそうで、外務省は「公海上で国際法上問題はない」として抗議しない方針というのだ。一体、この問題がどう推移するか。注目している。

     
    とりわけ焦点は、菅首相はじめ、民主党の対応だと思う。

     
    中国にすれば菅首相、民主党の政権が続くうちにできる限りのことをやっておこう、今が最大のチャンスだと考えているはずである。何をやっても菅首相はじめ民主党の面々は毅然(きぜん)とした対応を取らないからである。

     
    中国だけではない。韓国もそう考えているだろう。北方領土に初めて韓国の国会議員が訪問したさい、韓国からは李明博大統領が訪日していた。菅首相は被災地に出向き、サクランボを食べるパフォーマンスに興じていた。本来なら断固、李大統領に抗議すべきだった。抗議しないから、それが「ここまでは大丈夫なのか」というメッセージとなっていくのだ。どこかでバシっとやらないと、断ち切れないはずなのに、それができずにいる。

     
    ロシアも然りである。

    要は日本は民主党政権発足後、完全になめられているのだ。

    ところが、当の当事者が自分がなめられていることを直視していない、もしくは自分がばかにされていることに気づかない。尖閣が竹島にならないことを祈るばかりである。(社会部編集委員 安藤慶太)



    ---(ここまで)---


    発生から丸3カ月というのに、東日本大震災の爪痕は癒えるどころか、逆に深まる様相すら見せています。被災地では、いまだにがれきが山をなし、9万人以上が避難所での生活を強いられている状況。行方不明者は8千人を超え、東京電力福島第1原子力発電所の事故も収束への道はまだまだ遠いようです。この惨状をもたらした責任は、挙げて、対応が後手に回り続けた菅直人内閣にあると言わざるを得ません。

     
    いま被災地に立つと、復旧・復興の遅れを実感させるものの一つに、鼻を突く異臭があるそうです。かつての市街地や田畑を埋めたがれきやヘドロは腐り始め、水産品の加工場からは魚の腐敗臭が漂ってき、梅雨時で、感染症を媒介するハエやカなども大量発生しているとのこと。 
    また、道路や水道、電気などライフラインの復旧もいまだ進んでおらず、津波に直撃された宮城県南三陸町では、ようやく街灯がともったばかりだと・・・。町の水道復旧率はいまだ、2・5%にすぎない状況・・・。


    仮設住宅の建設のスピードも遅い・・・。やっと完成しても入居希望者が多く、なかなか抽選に当たらない。当選したものの「仮設では食べ物や生活の確保が難しい」ため、3食が配られる避難所に居続ける人も・・・。

     
    職場が流されて失職し、当面の生活資金に事欠く人たちも少なくありません・・・。「せめて義援金や弔慰金が手元にあれば」と嘆く声があがっています。世界から寄せられた義援金の多くは、まだ届いていないのです。

     
    被害を複雑、かつ深刻にしているのが福島第1原発の事故。収束作業は放射能汚染水に阻まれ、順調とはいえず、原子炉の冷温停止に不可欠な残留熱除去システムは未導入で、水のかけ流しによる応急冷却がいまだ続いています。原子炉建屋などの地下には10万5千トンもの汚染水がたまってしまっているようで、この対策が急務となっているようです。爆発で天井を失った建屋に雨水が流入すると海に放射能があふれ出し、沿岸の生態系を汚染することになりかねません。

     
    こうした一連の惨状は、菅内閣による「人災」側面が大きいでしょう

     
    菅内閣の最大の失政は、首相が未曽有の国難に対してオールジャパンの体制を構築できなかったこと。速やかに安全保障会議や中央防災会議を開催し、政府の総力を挙げて対処する意思を確認し、徹底することを怠ったのです。

     
    一方で「政治主導」をはき違え、対策会議などを乱立させました。指揮命令系統が混乱し、官僚組織を十分に使いこなせなかったことが政策の停滞をもたらしています。



    仙谷官房副長官は、がれき処理について被害の甚大さから特例的に国の直轄化を検討すると表明しました。けれど、その後、進展はみられません。関係省庁が難色を示したためだといいます。必要な政策調整が行われていないのです。直轄化を要請していた宮城県は、諦めて県の補正予算に処理費を計上しました。

     
    16年前の阪神・淡路大震災のときには、4日目に専任の担当相が決まり、現地で官僚を従えて復興のために奔走したとのこと。今回、政府は復興の基本プランを学識者らでつくる「復興構想会議」に丸投。今月末の結論を待つらしい。これじゃ今しなければならないことが動かない。構想会議の結論待ちを理由に、本格復興に必要な第2次補正予算の編成が遅れているのも政府の無策の表れでしょう。

     
    復興の実施体制などを定める復興基本法案は来週中にも成立する見通しとのことですが、これも1カ月余りで基本法の成立と対策本部の設置にこぎつけた阪神大震災時と比べ、いかにも遅い。遅すぎます。新たにできる復興対策本部が、強力な実施体制となるのかも不透明ですし・・・。

     
    これから、被災地は夏に向かいます。避難所の人々の健康を守り、復興意欲を奮い起こすためにも「不安」「不信感」を取り除いてくれないと・・・・。第1原発で過酷な業務にあたる作業員の熱中症予防も当然、重要視してますよね・・・。


    明日への課題解決が置き去りにされる中で、3カ月が過ぎてしまいました。事態を打開して復旧・復興を軌道に乗せるためにも、菅首相の一刻も早い退陣が必須だってことは被災地の人たちはもちろんのこと、非被災地の人間もわかっていることでしょう
    ※参考記事:大震災3カ月 いまだにこの惨状とは 首相の即時退陣で立て直せ(6.11)




    日本のマスコミが報道しなかった、震災の裏側・・・↓
    私たちはこのことを知り、決して忘れてはいけないと想います。


    日本では放送できない 報道できない 震災の裏側
    http://youtu.be/zrJje5pTZ0A



    【観覧注意】東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)画像まとめ
    http://youtu.be/7gCsDVjNew8


    投稿者さまコメントより
    【ショッキングな画像も含まれています】
    日本では報道されない過酷な被災地の現状です。
    海外のサイトなどで集めた画像をつなげただけのものです。
    自分もこのような画像は苦手なのですが、実際に画像ではなくリアルに目の当たりにしている方々がいっぱい居ます。目を背けるのではなく見届け後世に語り継ぐのが私たちの仕事です。




    それにしても、被災地の人たちをないがしろにするこんな内閣が1年ももつ日本はヘンです。
     

    3月11日を「国民鎮魂の日」に〜生きて在る意味に頭を垂れる

    東日本大震災、そしてその後の被災地 comments(2) trackbacks(0) まったけの嫁


    産経新聞【正論】より


    3月11日を「国民鎮魂の日」に

    拓殖大学学長・渡辺利夫 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110610/dst11061003240004-n1.htm
    2011.6.10 03:24
     

    ≪生きて在る意味に頭を垂れる≫

     
    東北地方のどこの町であったか、会社の仕事で上京していたある男性が帰宅の車中で津波に遭遇したものの辛くも生き延び、引き波が収まった頃を見計らい自宅に戻ったところ、家は完全に消失し、父母、妻、2人の子供のいずれもが行方知れず、以来、夜に日を継いで能(あた)う限りを尽くしたのだが、影さえない。テレビに映り出された男性の顔は憔悴(しょうすい)し切って、目は虚空を泳いでいた。

     
    テレビのショットでみせられただけで、この男性のその後のことは私にはまったくわからない。ただ想像するだけある。

     
    どうしてあの時に家族と一緒にいてやれなかったのかと詮なき自責の念に胸を掻(か)きむしられ、家族ともども自分も引き波にさらわれていたらどんなによかったことかと悔悛(かいしゅん)を繰り返す。

     
    避難所暮らしの数日のうちに、同じような酷薄の運命にある人々が少なくないことに気づかされ、みずからが生きていまここに在ることの意味に次第に頭を垂れるようになる。天を憾(うら)む一瞬さえ与えられずに息絶えた家族、さらには血縁につながる人々、彼らが生を紡いできたこの地のために自分のエネルギーを吐き出さねば、身の証が立てられない。

     
    そう考えてこの男性は、冷厳な現実を記憶から振り払うように、死者の発見や被災者の救援、瓦礫(がれき)の除去に懸命の努力を始めたのではないか。政府や自治体の救援がなぜこんなに遅く拙(つたな)いのか、時に不満が頭をかすめるが、そんな恨みは言葉にはならない

     
    危機管理の司令塔たる首相官邸や政府指導部の対応に強い憤懣(ふんまん)をぶつけているのは、被災地から遠く、放射能被曝(ひばく)の恐れもない他地域に住まう人々ばかりである。震災の原因の追及も不徹底なままに、地震と津波、原発毀損(きそん)が「想定外」のものであったのか否か、そもそもこの事態は「天災」なのか「人災」なのかといった類の、誰でも思いつくような幼い議論の横行である。

     

    ≪被災者の心に寄り添わぬ言説≫

    一方に、想定外の天災だといって管理責任を免かれたい人々がいる。他方に、想定内の人災だといい立てて権力の交代を求める人々がいる。慟哭(どうこく)する被災者の心に寄り添う言説はいかにもか細い

     
    われわれは、太平洋プレート、北米プレート、フィリピンプレート、ユーラシアプレートの4つが織りなす巨大地震源の「巣窟」、世界でも有数の天変地異の国、日本に、粒々(りゅうりゅう)の辛苦を背負いながら生きてきた。

     
    東日本大震災の次に恐れられるのは西日本大震災である。ユーラシアプレートにフィリピンプレートが沈み込んで形成されつつある地層のズレの反転が巨大なエネルギーとなって東海、東南海、南海の3つの地震を連動させるらしい。この連動型地震が今後20〜30年の間に起こる可能性は百パーセントに近いといわれる。

     
    首都圏を含む太平洋ベルト地帯という日本の大動脈が東日本大震災級のマグニチュードで襲われれば、いかに壮大で精細な防災計画を施したところで、人知を易々(やすやす)と超える惨劇が各所で発生することは避けられまい。

     
    合理的思考に則(のっと)って防災のありようを徹底的に追究することが重要でないわけはない。しかし、同時に、防ぎようもない厄事がこの世の中には存在するのだという、しなやかな諦観の構えを私どもはもたねばならない。

     

    ≪民族ながらえて次の世代に≫

    人間は安寧な自然の中で生成したのではない。私どもは過酷な自然の中に遅れて生まれ来たる者なのである。天変地異によって、万が一、民族の半分が消滅してしまったとしても、残りの半分は自然の冷酷な仕打ちを怨(うら)みながら、しかし生き存(ながら)えて次の世代に日本という存在を継いでいかなければならない。

     
    苦境に陥ったときほど生きて在ることをより鮮やかに確認し、生命力を漲(みなぎ)らせて民族の連綿たるを証さねばならない。強靱(きょうじん)なる民族とはそういう存在なのであろう。日露戦争の戦端が開かれたときの明治大帝の、広く知られた御製にこうある。

     
    しきしまの
    大和心のをゝしさは


    ことある時ぞ
    あらはれにける

     

    個々の生命体は必ず滅する。しかし死せる者の肉体と精神は遺伝子を通じて次の世代に再生し、永遠なる生命が継承されていく。その個々の生命体の集合がすなわち民族である。
    こうした人間的営為はいかにして可能か。苦難の中で喘(あえ)ぐ生者(しょうじゃ)に生命力を発揚させるものは何か。

     
    死者への深い鎮魂である。死せる者があって初めてみずからが生きていまここに在る。合理的思考のみをもって天変地異に立ち向かうというのはただの傲慢である。冒頭に掲げた男性が血縁に連なる者への哀悼を深くして再生にいたることを祈る。

     
    3月11日を、民族の永遠なることを祈念する「国民鎮魂の日」として制定するよう提言したい。
    (わたなべ としお)





    渡辺利夫



    渡辺氏のその他論文・関連記事
    中華帝国維持に耐えられるのか(2011.3.11)
    http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110311/plc11031103070004-n1.htm

    国家と共同体を心に刻みつけた(4月21日付産経新聞朝刊「正論」)
    http://jinf.jp/articles/archives/4677

    【新春正論対談】 櫻井よしこ氏×渡辺利夫氏(2011.01.03)
    http://tng-party.blog.so-net.ne.jp/2011-01-04



     

    15円の寄付をしてくださった女性

    東日本大震災、そしてその後の被災地 comments(1) trackbacks(0) まったけの嫁

    元渋谷109ショップ店員、東京他店舗店長、OL、フリーターを経て、5年前に日本をでて、60カ国もバックパッカー(低予算自由旅行)され、5年目の現在は、アフリカで現地の人たちと協会を作られたという管理人が、別の国の人たちのこと、HIVやいろんな問題、現地の人たちの生活のこと、貧しいということ、などを綴っておられるステキなブログなんでご紹介します。


    プラ子旅する。---まだアフリカです。 より


    15円の寄付をしてくださった女性のこと。
    2011.04.23 Saturday


    ネットの回線がつながっているとき、
    ヤフーのトップページの上のところにある
    地震情報をみていつも心配しています。

    協会の女性たちも今も心配して聞いてきてくれます。

    日本のかたがご支援してくださっていることも、
    みんなわかっていていつもとても感謝されます。


    協会の女性たちの中には、
    目が見えない女性だったり、体が不自由で
    協会の勉強小屋まで通えない女性たちがいます。

    そういうかたたちには、
    勉強小屋で勉強している女性たちの中で、近所に住むかたたちが
    週に1度は、そのかたたちを訪ねて、
    勉強小屋で習ったことを教えたり
    彼女の身の回りのお手伝いをしてくれています。

    こういう国で貧しく体に障害があるかたへの援助はまだ
    ほとんどなく、みんなとても苦しい生活をしています。。


    今回、東日本の大震災で、
    協会の女性たちが寄付をしてくださったときに
    寝たきりの一人の女性も日本で苦しんでいるかたに
    寄付したいって彼女にとったら
    大きな額の30円の
    大切な大切なお金を
    訪ねた協会の女性に私に渡すように、
    渡してくださいました。


    「もう1年以上も、いつも誰かが私を訪ねてくれて、
    色んな食べ物までいただけて。
    今回、いつも助けてくださっているかたの国で
    こんなに悲しいことが起こってしまって。
    どうか頑張ってくださいって伝えて」って。

    受け取ってしまってもいいものかだいぶ悩んで、
    半分の15円をいただいて、
    本当にありがとうございますって伝えました。


    それから数日たった日曜日に、
    彼女自身が病気で亡くなっていってしまいました。。


    自分にできたこと、協会としてできたことは
    もっとあったのかもしれないと悔やみながらも
    ただただ彼女の温かい気持ちに感謝して、
    どうか天国でゆっくりされていますようにと願うばかりです。。



    エチオピアにいたときも、モザンビークにいても思うことですが、
    本当にどん底まで貧しい人たちは、貧しいことの苦しみ、
    自分がどうしようもないぐらいお腹が空く苦しみを
    身を持って知っているから
    他の人が困っていると少しでも手を差し伸べようとしてくれますが、

    逆にここにいる現地の裕福層のひとたちは、
    貧しい人を汚いものとして見て、
    とことん見下しているような気がしてしまいます。。


    アフリカにも恐ろしいぐらい裕福なかたたちがいます。

    最近、モザンビークでも天然資源の開発が盛んで
    別の州でものすごい量の石炭、天然ガスが発見されたみたいです。

    どうか一部の人たちだけではなく、
    貧しい人たちにもこの恵みが少しでも回ってくれれば
    いいと思います。


     

     
    みんなの家の中の写真。

     
    わらと袋でできたマットのようなもの?(600円)も
    余裕がなくかえず、
    わらのござ?(180円)(1枚目の写真) 
    やそれすらもかえず、

     
     

     
    ずた袋やそれかそのまま地べたに眠ります。

     

     
    もうこの時期は夜、寒くなりはじめているので、
    みんな寒さと戦いながら毎晩眠っています。。
    せめて子供たちだけでもどうにかならないかなと
    考えています。。

     

    ************

    こちらはこれ以前の桜の時期にかかれていた記事です。
    日本のことを遠い異国から、
    心配されている様子がつたわってきます。

    ************


    被災地に桜。
    2011.04.14 Thursday
     

    インターネット回線があるとき、
    日本の震災のニュースを一つ一つ読んでいます。
    先日もとても大きな地震があったとのこと、
    心からお見舞い申し上げます。     


    被災地で桜が咲いて
    みんなに笑顔があったという
    ネットの記事を見てほっと思い、
    被災地の寒さが一日でも早く
    和らいでくれてたらと思っています。


    日本がこんなたいへんなときに
    アフリカのことをブログに書くのは
    どうなんだろうと思って、
    今これを書きながらも
    本当に更新してしまっていいんだろうかと考えています。。

    こうしてブログにアフリカのことを
    書かせていただいたり、
    お散歩会のご連絡をさせていただいたり、
    たいへん恐縮なのですが、お許しいただけたらと思います。。


    過去に2回、お散歩の会を開いてくださった
    いつも応援してくださっているかたがたが、
    またお散歩の会のご企画をなさってくださいました。

    今回、またお散歩の会を開いてくださるご連絡をいただいたときに、
    日本がこんなにたいへんなときに、
    大切なお金をアフリカにある協会の活動費として
    受け取らせていただいていいものなのか
    心底ありがたいと思うと同時に戸惑っていました。


    そしたら、山登りの応募する用紙に、
    下の文章を書いてくださってあって。。


    「東北での被災者の皆さん、
    福島県の皆さんの気持ちを思うと
    本当に辛い毎日です。
    自分たちに何ができるだろう、
    皆がそれぞれ思い悩んでいる日々だと思います。

    同時に、私たちは、今まで通り淡々と
    プラ子ちゃんも応援していこうと決めました。」

     
    ただただありがたくて、涙が出ました。


    私はこうして協会の活動を
    続けさせていただける機会をいただけて
    とてもありがたく思い、
    みなさまの温かいお気持ちを決して裏切ることのないよう、
    苦しんでいる人様のお役に少しでも立てるように
    活動を続けさせていただけたら・・と思っています。


    震災の被害に遭われた東日本のかたがた
    余震、原発でとても不安な中、
    生活なさっている日本中のかたがたを含め、
    世界の色んな国、場所に住む人たちが
    最低限の生きていく上でとても大切な、
    安全で安心のある生活がどうか一日でも早く手に入りますように。。



    *******

    管理人プラ子さんのお人柄が伝わってきます。
    人を「思いやる気持ち」や「優しさ」がいっぱい伝わってきます。

    こういう思いって、多かれ少なかれ
    誰もがもっているものだとずっと思っていました。

    ひとりひとりの「思い」が、交わり合って、
    また、そういう思いを育てていく。

    また、こういう「思い」があるからこそ、
    後悔したり、反省したり、そして罪悪感感じたり・・・。

    人の悲しみを想像できるから、
    人を傷つけないよう、悲しませないよう行動しようとする。
    それは一種の「辛抱」や「我慢」につながっていくのだと思ったりする。


    こんなこと、当たり前のことだと思ってました。
    正直、こういう思いの「ない人」は幸せになんてなれない・・・くらい思っとりました。


    でも大人になって、「社会」にでて、「ない」まではいかないけど、
    「当たり前」やない人が、想像していたよりいっぱいいてることを知りました。


    そして、そんな人たちの中にいると、ずっと長所だと言われてきた「優しさ」は、
    「ばか正直」「騙されやすい」「世間知らず」と短所にかわっていきました。



    そういう環境にいたからか、人の優しさに出会うと、
    感激してしまう体質になってしまいました。
    「大丈夫?」と声をかけられたら、
    涙があふれてくる体質に・・・。
    これはこれでいろいろ問題もあったわけですが・・・。



    そして今、こういう思いのかけらもない人間たちが、
    国を守るべき立場にのさばっていることに、胸が痛みます。
    いくらなんでもこの震災で、
    こいつらからも優しさを感じられる場面があるに違いない、
    だって同じ人間なんだもの・・・、そんな思いがどこかにありました。(←これが甘いんでしょうね)


    でも「優しさ」なんていまだ感じられない・・・。
    この震災で、あいつらには、「かけら」すらないことを確信したように思います。


    つまりは、あいつらは、自分のしたことを省みることはない。つまり、後悔することもないし、罪悪感を感じることもないのです。誰にでもそうかはわかりませんが、少なくとも国民に対してはそうであることを確信したように思います。


    とても残念です。そんな奴らに居座られていたら、被災地の人たちはこれからさき、もっともっと辛い日々が続くことになるかと思ったら・・・。


    「人を思いやる気持ち」「人の痛みを想像する努力」
    こういう気持ちが、わずかでもあればこんな状態にはなっていなかったんだろうな・・・そう思います。


    町の復興のため、地域の人たちに元気になってもらうため、そして、運動会ができることに感謝し、思い出に残る日に・・・

    東日本大震災、そしてその後の被災地 comments(2) trackbacks(0) まったけの嫁


    東日本大震災で被災し、校舎が使えなくなった陸前高田市の市立小友中学校が22日、隣接する市立小友小学校の校庭を借り運動会を開催。周辺にがれきが散乱し津波の傷痕が残る中、生徒たちの歓声と笑い声が響きわたりました。


    雨が降るあいにくの天気でしたが、開会式では生徒会長の3年、佐藤春希君(15)が「町の復興のため、地域の人たちに元気になってもらうために頑張ります」と力強く宣誓。36人の生徒が紅白の2組に分かれ、徒競走や騎馬戦ではつらつとした姿を見せ、保護者の方々は声援を送りました。


     
    騎馬戦をする生徒=22日午前、岩手県陸前高田市



    校庭の周囲は大量のがれきが残ったまま。河北新報によると、加藤清校長は「運動会をやれたこと自体が奇跡。理解を得られないのではないかと不安もあったが、やれてよかった」と目を潤ませられたそうです。


    小友中は海岸線から約3キロ離れていたものの、残念なことに津波で生徒8人が犠牲になり、校舎は2階まで浸水して使えなくなりました。移転先の小友小校庭も今月半ばまで、がれきが散乱していましたが、自衛隊の皆さんなどによるがれき撤去が順調に進み、また生徒たちもガラスや金属片などを拾い、整地もし、16日から団体種目や応援の練習を開始しました。
     


    開会式で宣誓を述べた佐藤君は

    「この1週間、楽しく準備ができ、いい思い出になる運動会になった。支えてくれた人たちに感謝したい」


    応援団長の3年、田代祐也君(14)は

    「地域の人たちに元気を伝えることができたと思う。思い出に残る最後の運動会になった」

    と笑顔で話したそうです。
    ※参考記事:陸前高田の中学校が運動会 「思い出に残る」




    すてきです。
    なんか胸が、心がアツくなりました。
    友達や親や親戚を亡くした子供もいたでしょうに・・・。
    子供って、やっぱりすごいです。
    子供は、いつだって夢や希望や力をあたえてくれるように思います。
    まさに、国の「宝」です。


    ******

    JAPAN-EARTHQUAKE より


    周囲に多くのがれきが残る市立小友小のグラウンドで行われた、小友中の運動会


     
     
    保護者らも参加しての綱引き


     
     
    徒競走をする生徒


     
    騎馬戦をする生徒


     
     
    生徒は元気に体を動かした





    その他の運動会画像
    http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/05/22/gazo/G20110522000871570.html

    動画 (NHK)
    http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110522/t10013037241000.html


    ******

    がんばろう。日本!


    がんばっている人たちに、「がんばろう」なんて・・・。
    いくら考えても、やっぱりこれしか言葉がうかばなくて・・・。
    ごめんなさいね。

    東北の復興を心より願っています。
    そして、いつも応援しています。


     

    瓦礫だらけの被災地におかしな看板がたっているという件

    東日本大震災、そしてその後の被災地 comments(5) trackbacks(0) まったけの嫁

    先日、Twitter で気になったつぶやきが・・・。↓


    瓦礫だらけの廃墟になった被災地におかしな看板が立ってます
     

    津波で大きな被害を受けた宮城県石巻市南浜町


    瓦礫だらけの廃墟に、こんな看板が立ってるんだそうです。

     ↓





    探偵ファイル〜スパイ日記〜より


    廃墟と化した土地にぽつりと看板が立っている。
    この土地の所有者が目印に立てたものかと思われたが、少し歩くとまた見つかった。
    それどころか、そこら中に乱立している。記者が確認しただけで14個の看板があった。


    市の職員、警察署、自衛隊に聞き込みをしても返ってくる言葉は全て「わからない」


    *

    近隣を通りかかる住民に話を聞く。看板の存在に気づいている方、気づいていない方は分かれるが、やはり「わからない」という答え。

    ある非番の警察官が「この会社とは関係ないかもしれないが」と断った上で、こんな噂を聞かせてくれた。

    「震災のどさくさに紛れて、滅茶苦茶になった他人の土地に囲いをして、所有権を叫ぶ外国人がいると聞きます。

    しかし目にしたことはありませんし、登記簿を確認すれば一目瞭然なわけですから、震災の混乱の中で生まれたデマだと思いますが。」



    これなんかどう見ても山屋さん家だろww


    登記簿を確認すれば一目瞭然っていう事くらいフツウの日本人は知ってるわけだし。こんなばかげたことをするのはどこのヒトでしょうね?

     



    こういうお話もあります(・∀・)


    ↓↓↓

    トウホク食い荒らす?被災地に跋扈する不気味なアジア人
    http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110420/dms1104201550016-n1.htm2011.04.20


    4月はじめ頃、一色氏、元警視庁捜査官でノンフィクション作家の坂東氏、元仙台市長の梅原氏、チャンネル桜の水島社長など約10人で緊急物資支援に出かけた。

    岩手県陸前高田市に到着。がれきの山の前で、支援団の1人が得体の知れない中年女性に会った。

    「メンバーの1人が声をかけると、中年女性はたどたどしい日本語で『ココからココまで、ワタシの家だったのに、みんな壊れたよ!』と訴えたというのです。アジア人なのは間違いない。表情に悲壮感はなく、乗っていた車は多摩ナンバー。みんなで『怪しすぎる』と話しました」

    一行が連想したのは、戦後の混乱期、一部のアジア人が持ち主がよく分からない土地を不法占拠したこと。大惨事の影で、土地収奪などを狙っている者がいるとすれば大問題。この話をボランティアの地元男性にすると、「多摩ナンバーのアジア人などあり得ない」と驚いていた。

    その後、支援団は岩手県大船渡市と石巻市にある避難所を回ったが、途中、銀座を闊歩するような高級な服を着て、被災地にたたずむ老夫婦と会った。メンバーが「どちらからお越しですか?」と声をかけると、無視して立ち去ろうとする。重ねて聞き返すと、「カナガワ!」とだけ答えた。発音は明らかに日本人ではなかったという。


    **


    日本各地の駅前にあるパチンコ屋はこうやって土地をぶんどったわけでしたからね。



    パチンコ批判が大きくなりだしたので、お得意のアレが始まったようですよ(・∀・)



    パチンコ会社の労働組合が蓮舫大臣に請願書
    http://blog.livedoor.jp/newskorea/archives/1506661.html 2011.5.13


    【パチンコ産業の偏った評価】

    一部の偏見的な認識による雇用不安と差別的扱いへの憤りしかしながら、電力供給不足による計画停電に端を発したインターネット上でのパチンコ不要論や、過日の石原知事および猪瀬副知事の発言は、私たちパチンコ産業への偏見的な認識や、産業の社会的な評価の低さを露呈しました。

    そのことはパチンコ産業に働く労働者の尊厳を傷つけました。

    一部の方々の発言が実行されれば、雇用機会も損失されるのではないかと、大きな危機感を抱いています。

    差別的かつそこに働く者を鑑みない乱暴な意見に大変遺憾にしております。


    **

    【鏡音レン】帰れ!帰れ!朝鮮人は帰れ!【替え歌】 


    http://www.nicovideo.jp/watch/sm9653572


    **


    ところで、夏の電力不足の心配は解決したようです(*´∀`)


    避難指示が解除された日から、東電や関連会社の作業員約1500人が復旧作業に従事。

    7月中旬に再開目標でがんばってくれたんだそうです!!


    作業してくださったみなさま、本当にありがとうございます。



    東電単独で供給可能
    広野火力,7月全基再開へ
    http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011051202000020.html
    2011.5.12


    津波被害で全面停止した福島県広野町の東京電力広野火力発電所が、7月中旬にも全5基(計380万kw)で運転を再開。広野火力が復旧すれば、中部電力が浜岡原発(静岡県御前崎市)の停止で東電への電力融通を打ち切っても、東電は今夏の最大需要と見込む5500万kwの供給力を確保できる見通し。

    **

    夏の最大需要予測
    5500万kw


    東電発表 7月末電力供給力予測
    5200万kw‥

    浜岡原発などから供給予定だった量
    100万kw‥

    復旧する広野火力の電力供給力
    380万kw‥

    広野火力が復活すると揚水発電も使えるようになる揚水発電の電力供給力
    1050万kw‥


    東電発表は,如

    ,ら△引かれると、5100万kw!
    400万kwも電力不足だ!困った!という話だったんですが、とい魏短擦垢襪6350万kwで余裕だから、被災地にも電気をあげれるそうです(・∀・)


    **

    この報道をした東京新聞には「こちら特報部」というコーナーがあって、5月12日朝刊でこの記事の詳細を掲載しました。




    中部電力浜岡原発の停止決定を機に、またぞろ「電力不足キャンペーン」が始まった。中電による電力融通の打ち切りが理由のようだが「こちら特報部」の調べでは、被災した東京電力広野火力発電所(福島県広野町)が7月中旬にも全面復旧する。そうなれば真夏のピーク時も電力は不足しない。

    広野火力が復旧すれば、夜間に余った電力でダム湖に水をくみ上げて発電する揚水発電も上積みできる。電力供給力見通しでは、400万kwしか計上していないが、東電管内の揚水発電能力は最大1050万kw。今夏の最大需要と予測する5500万kwは十分に賄える計算。

    西日本からの電力融通分100万kwの内訳についても、東電、中電ともに口をつぐむ。

    電力供給力への不安を解消するどころか“得意の情報隠し”で危機をあおっている。

    資源エネルギー庁が官邸や与党への説明用に作成した内部資料では、最大1050万kwの揚水発電が抜けていた事があきらかになった。


    **

    うそつきは泥棒のはじまり(-д-)


    で、こいつまた何か言っとる。



    松本外相「中国との原子力安全分野の協力強化を望む」
    http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0514&f=politics_0514_008.shtml
    2011.5.14


    中国が派遣した国際救援隊や救援物資、民間で集められた多くの義援金により、日中の長期にわたる友好関係を改めて振り返ることができた。この場を借りて、日本政府と国民を代表して心から感謝する。特に、津波被害が深刻だった岩手県大船渡市で、中国の救援隊は降雪と極寒の中、連日にわたって捜索活動を懸命に行ってくれた。救援隊の一人一人に心から敬意を払いたい。

    私たちは中国の温かい援助と多くの激励をしっかり心に留め、戦略的互恵関係の内容を充実させ、両国民の感情を改善するため、次の3つのことに取り組み、成果を上げたいと思っている。1つ目は防災、原子力安全、環境分野の協力、2つ目は東シナ海を「平和、協力、友好の海」にできるよう共に努力すること、3つ目は人文交流の強化だ。


    **


    昨日もだけど。

    コイツはいったい何?!

    中国への愛しい想いをぺらぺらぺらぺらしゃべりたいなら、議員辞めて一般人として言いに行けよ。

     

    中国
    人口1300000000人
    (13億人)
    義捐金300000000円
    (3億円)

    台湾
    人口20000000人
    (2千万人)
    義捐金15000000000円超
    (150億円超)


    日中ODAとはどんなもんかは こちら ↓
    http://ameblo.jp/000hime/entry-10663912279.html


    転載元:ひめのブログ さま





    【mattakeコメ】
    なかなか時間がとれず、有志が時間をさかれてかかれた記事を転載させていただくことが多くなってます。申し訳ないです。


    それにしても、毎日、毎日、心配な記事が目にはいってきます・・・・。(テレビでは言わないから耳には入ってこない・・・)

    もし、あのまま覚醒しないでいたなら・・・・。ふとそんなことを考えたりすることがあります。
    日本の危機なんかつゆ知らず、マスコミの報道をうのみにし毎日過ごしていたのでしょうね。それがいいのか悪いのか・・・、正直なところ、「楽」なのは「覚醒してなかった」頃・・・。でも、覚醒して良かったって思ってる自分がいるのは確か。だから、「知らない」人に伝えたいと・・・やっぱり思う。






    福島原発事故、もし「フクシマ」がスイスで起きたら〜 swissinfo.ch より

    東日本大震災、そしてその後の被災地 comments(2) trackbacks(0) まったけの嫁


    放射能の影響を一番受ける子どもたちを守らなければならない

    スイスの連邦保険局 ( BAG/OFSP ) 放射能線保護課主任、ミュリット氏はそうおっしゃっています。


    クリストフ・ミュリット氏


    swissinfo.ch より


    福島原発事故、もし「フクシマ」がスイスで起きたら - 1 -
    http://www.swissinfo.ch/jpn/specials/japan_crisis/index.html?cid=29894220
    2011-05-10 15:38  
    里信邦子 ( さとのぶ くにこ)


    「スイスでフクシマのような事故が起きても、許容される年間の放射線量は1ミリシーベルトだ」とスイスの連邦保険局 ( BAG/OFSP ) 放射能線保護課主任、クリストフ・ミュリット氏は強調する。


    この1ミリシーベルト ( mSv ) は、外部被曝 のみならず食べ物摂取による内部被曝の場合も厳守される。特に妊婦、胎児、子どもの場合は絶対だ


    ミュリット氏は放射線学の専門家。原発の事故などによる放射線の被害からスイス国民の健康を守るのが任務だ。チェルノブイリの事故で汚染されたスイス国内の対策にかかわり、1999年には現地に赴き半径30キロの立ち入り禁止区域で調査も行った。
     

    ミュリット氏に、福島原発のような事故がスイスで起きたらどういった対策を考えているのか、また現在の福島へのアドバイスなどを聞いた。今回のインタビューでは情報量が多いため、2回に分けお届けする。


    *******

    swissinfo.ch : 福島の原発事故から二カ月が経過しますが、まだ収束しておらず、水素爆発などもまったくないとは言えない状況です。もし、スイスで福島のような原発事故が起きたら、どう対処するのでしょうか。
     

    ミュリット
     : 放射線の当たらない家屋などに避難、あるいはその地域からの退去、安定ヨウ素剤の配布などを行う。3時間後に原子炉が爆発すると分かれば、基本的には退去だ。事故の初めが特に重要で放射性ヨード131を避ける必要がある。甲状腺がんを引き起こすからだ。世界の基準は、甲状腺の器官そのもので50ミリシーベルト以上の放射線が計測されないのが原則。これ以上は許されない量だ。
     
    とにかく事故の第1段階では外部被曝と放射性物質の吸引を避ける。この2点が大切だ。被曝時間を制限する、放射線を浴びないような建物に避難する、また放射線を出す物体から距離を取ることだ。例えば放射性物質から1ミリメートル、つまり触ってしまう距離と1メートルの距離とでは、被曝線量が全く違う。100万倍違う。距離を取ることは肝要だ。
     
    第2段階で少し落ち着けば、食料摂取などによる体内への取り込みが問題になってくる。スイスではこの内部被曝でも外部被曝と同様の被曝線量1ミリシーベルトの基準は守るようにする。以上はスイスが特殊というのではなく、世界の基本的対策はほぼ同じだ。ただスイスが厳しくしている点は、この年間の被曝量を1ミリシーベルトに限定し、特に妊婦や胎児、子どもには絶対にこの1ミリシーベルトを守る点だ。中でも胎児の場合は放射線によるダメージが大人の3、4倍だからだ。
     
    しかし、放射能事故現場の作業員たちの最大被曝線量は、スイスでも250ミリシーベルトだ。一人一人が計器を携帯するのは義務で、250ミリシーベルトになったらアラームが鳴るようにしておき、鳴ると放水中であろうと作業の途中であろうと、その場を去らなければならない。この数値は欧州連合(EU)や世界保健機構(WHO)でも同じだ
     
    フクシマの原発内は毎時1シーベルト ( 1000ミリシーベルト ) の高い放射線が観測されていると聞く。つまり1人15分しか作業できないという訳だ。1000人の作業員がいれば、10人が15分作業して終了し、また10人が入るという方法を取らなければならないだろう。
     
    非常時だから250ミリシーベルトだが、実は100ミリシーベルトが重要な基準値になっている。多くの研究が100ミリシーベルトから、ガンや胎児の奇形、知能障害などの危険性が高まると証明しているからだ。30年後にこうした症状が現れる場合もある。



    swissinfo.ch 
    : 作業員の被ばくも大問題ですが、原発から4、50キロメートル離れた地域の住民の積算放射線量も問題になっています。この積算放射線量による影響とはどのようなものでしょうか?
     
    ミュリット 
    : 長期にわたって浴びた放射線量が、ある値を越すとこうした症状を引き起こすという目安がある。例えば500ミリシーベルトから1 シーベルト ( 1000ミリシーベルト) では、がんにかかる可能性が高まり、1シーベルトから2シーベルトではさらにこの可能性が高まる。5シーベルトで100人中50人が死ぬ。瞬間に浴びても500ミリシーベルト からリンパ球の減少が現れ、50シーベルトでは2、3時間後に死ぬというものだ ( フリーフォルム参照 )
     
    結局、長期間の被曝では、被曝後10年から30年後にがんに、2年から10年後に白血病にかかるリスクが高まると言われている。ただ、1シーベルトを浴びたから必ずがんになるというわけではなく、可能性が高まると言うことだ。



    swissinfo.ch 
    : 福島などで今後問題になるのは、食べ物や水などによる内部被曝の積算放射線量ですが、スイスの基準はどのようなものでしょうか。

    ミュリット : スイスでは先に述べたように、国際基準に従い放射能事故の場合、一般の人の被曝線量は年間1ミリシーベルトに限定されており、汚染された食品消費量の総数がこの1ミリシーベルトを超えないように、含有放射能量が決定される。それは1キログラムにつき何ベクレル ( Bq ) が上限かという値になる。
     
    具体的には二つ基準がある。世界の限界基準値とスイスの許容基準値で、後者は世界の基準値が高すぎるため、スイス独自で決めたものだ。これは健康管理という観点からではなく、食品の品質を消費者に保障する目安としてあり、世界基準の1〜10% の数値にあたる。例えば放射性ヨード131では、世界基準値は食品全般で1キログラム中2000ベクレル、液状食品で500 ベクレル。これに対し、スイスの値は両方ともわずか10ベクレルにしている。
     
    現在日本では野菜が2000ベクレル、液状食品が300ベクレルで、欧州連合 ( EU ) が日本に基準を合わせようとしているため、スイスの許容基準値も、もう少し高い値に変えざるを得ないだろう。
     
    管理すべき食品中の主な放射性物質はヨード131、セシウム137、ストロンチウム90、だが、こうした基準値に沿って計測することで、内部被曝は制御できると思う。
     
    ただ、その場合、それぞれ半減期が違うため、対策はさまざまになる。例えばヨード131は半減期が8日だが甲状腺がんを引き起こす。半減期が30年のセシウム137は筋肉に、半減期が30年のストロンチウム90はカルシウムと同じ働きをするため、骨に吸収される。骨に残ったストロンチウムは骨髄細胞を侵すため、白血病を発病させやすい。
     
    そのため大切なのは、食品中にどの放射性物質がどれほどの量あるのか、さらにその国の食文化によって何を主体に、一年に何キログラムの放射線汚染食品を食べるかという4点。スイスでは乳製品の消費が多いので、こうした食品の放射線量レベルの上限は低くしている。日本では魚や米など消費量の多いものの基準に気をつけるべきだろう。


    ******

    不安を拡大させる放射線健康リスク管理アドバイザー 山下教授とは大違いですね。

    それにしても、被曝には「がんのリスクが増す」という問題だけでなく、「遺伝的な損傷」という深刻な問題もあるのですね。 ↓


    原発事故「最も憂慮すべきは遺伝子変異」
    http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=29799892
    2011-03-23 15:00 

    福島第一原発では今もなお予断を許さない状況が続いている。今後日本のみならず世界中でがんのリスクが増すと考えられる。しかし、それ以上に深刻な問題は世代を越えた遺伝的な損傷だという。


    マルティン・ヴァルター氏 ( 66歳 ) はソロトゥルン州グレンヒェン ( Grenchen ) の内科開業医だ。1991年に1カ月間ウクライナの病院で働いた経験も持つ。また1988年から2年間、核戦争防止国際医師会議スイス支部 ( PSR/IPPNW Schweiz ) の支部長を務め、「核を使わない電力( SoA ) 」運動や原発建設に猶予期間を求める運動などの委員会で中心的な役割を果たした。この原発建設の猶予期間については、1990年秋の国民投票で認可されている。


    *****

    swissinfo.ch : 東京電力さらには日本政府の不十分な情報開示に対し批判の声が高まっています。正確な情報が伝えられないことで日本国民の命が危険にさらされているということはありますか。

    ヴァルター
     : それはない。急性被曝は免れている。少なくともこれまでのところ ( 17日現在 ) 原子力発電所の敷地外では放射線量がさほど多くなく、急性被曝には至らない。北半球の住人が急性被曝で死亡することはない。しかし、原発内で原子炉の冷却作業をしている作業員たちを取り巻く環境は別だ。どうか線量計を装着していてほしい。
     
    ただ、情報伝達が不十分だったり危険を軽視したりすると大きな誤りを犯すことになる吸収線量と人体への影響は正比例の関係にあるからだ。つまり、心配のいらない吸収線量というものはない。わずかな摂取でもがんを引き起こし、乳がんや大腸がんなどから死に至ることもある。今後日本では確実にがん死亡率が高まるだろう。たとえ完全な炉心溶融に至らなかったとしてもだ。



    swissinfo.ch 
    : 専門家によれば3月17日と18日の2日間が原子炉冷却の鍵を握る最後のチャンスとされ、成功しなければ炉心溶融が決定的になるとのことでした。世界が日本に対して抱く不安は当然のものですか。

    ヴァルター
     : 当然だ。先述したがんの増加を恐れてのことだ。例えば、チェルノブイリでも急性被曝で死亡した人は多くなかったが、事故後にがんで多くの人たちが亡くなった。しかし、がんのリスクの増加以上にもっと深刻な問題は遺伝子への影響だ。それも世代を越えた影響だ。最新の研究では、少量の吸収線量でも継代的な影響がありうることが分かっている。
     
    イギリスにあるセラフィールド ( Sellafield ) の使用済核燃料の再処理工場に勤務する人たちの子どもには白血病のリスクが高い。これは父親の吸収線量と関係があり、子どもたち自身は放射線にさらされていない。原発事故だけでなくこうした通常の場合でも、人間ならび動植物の遺伝子に損傷が発生する。こうした事実を知った上で、あえて原子力に頼るかどうかはむしろ倫理的な問題だ。



    swissinfo.ch : 放射能汚染では放射性同位体のヨウ素131、セシウム137、キセノン133、クリプトン85ならびにストロンチウム、プルトニウム239が漏出します。どれも危険ですが、特に危険なものはどれですか。

    ヴァルター 
    : まず、危険度は半減期によって変わってくる。ヨウ素は8日間でほぼゼロになる。つまり、スイスの子どもたちにヨウ素剤を与えても意味がないと言える。さらに大人が服用すると逆効果になりかねない。
     
    セシウムの半減期は30年なのでセシウム汚染は日本からスイスにまで行き渡るが、スイスでの危険度はごくわずかだ。セシウムはカリウムのように体内で代謝されるため、一回限りの摂取なら数カ月後にはなくなる。
     
    ストロンチウムは体内に蓄積され、死ぬまで残る。ここでも人体への影響は半減期に左右される。ストロンチウムはカルシウムのように骨に蓄積されるため消えることはなく、骨髄は絶えずβ線の影響を受けることになる。子どもの骨髄は脂肪が少ないため、のちのち白血病になるリスクが大人よりも高い。
     
    プルトニウムは一度体内に入ったら決して消えない。ごく微量の摂取でもがんを引き起こす。



    swissinfo.ch 
    : チェルノブイリの場合、子どもへの医療行為はどの程度可能でしたか

    ヴァルター
     : 普通なら子どもが甲状腺がんにかかることはない。事故前のウクライナでは住民5000万人に対し年間3人ほどだった。しかし、事故後1500人の子どもが甲状腺がんを患った。4000人という話もある。それまでこうしたことはなかった。これはヨウ素131の影響だった。もし事故直後に政府が子どもたちに安定ヨウ素剤を与えていれば避けられただろう。当時の子どもたちに急性被曝があったとは思えない。
     
    セシウムに関しては、ウクライナでは大人も子どもも食品から摂取している。それは今も変わらない。これに対してはりんごペクチン剤が服用されている。りんごペクチンは体内のセシウムの量を減らし、継続的なセシウムの摂取に対しても有効に働く。



    swissinfo.ch : 原爆を経験した唯一の国である日本が今また大規模な原発事故に見舞われているというのはある意味ひどい皮肉のようです。当時の医療的な経験は今回の役に立ちますか。

    ヴァルター
     : それはないだろう。当時は特別な治療を施すことがまったくできなかった。その上、被曝の影響は異なる。広島と長崎で被曝した父親を持つ子どもたちとチェルノブイリで被曝した父親を持つ子どもたちをイスラエルの研究者たちが調査した。その結果、父親が原爆で被曝した後に生まれた子どもたちには遺伝子の変異がまったく見られなかったことが分かった。
     
    それに対し、チェルノブイリの事故後に解体作業者として入った父親から被曝後に生まれた子どもたちには一定の割合の遺伝子 ( ミニサテライトDNA ) に相当数の変異が見られた。遺伝的な視点で見ると、今回の福島第一原発の事故は深刻なケースだ。( 独語からの翻訳・編集 中村友紀 )


    ******

    原発事故は子どもたちに一生影響を及ぼすのです。だからこそ、「大事」をとった対応をしてほしいと思うのです。「大丈夫」「問題ない」「安心」というなら、その根拠をきちんと説明するべきです。でないと、子を守ろうとする親たちが納得するわけがないでしょうよ。

    自分のこと以上に、大切に思っている「わが子」を少しの危険にもさらしたくないと思うのは当然。必死に守ろうとするのは当たり前のこと。だって、母親ってものは自分の命以上にわが子の命を大切に思っているのだもの・・・。(最近では、「子よりわがが一番」という人間でも「母親」になれるようですが・・・)

    とにかく「納得」と「安心」を・・・と思いますが、言うことなすこと、いまだに「嘘」や「ごまかし」が見え隠れしているわけで、はっきりいって民主党政府はもう「信頼」できない。政府と国民に信頼関係が無いわけです。失った信頼を取り戻す努力もせず、ここぞとばかりにパフォーマンス。それに復興利権めぐっての権力争い・・・。もううんざり。うんざり通り越して、「心の病」患いかけています。国思う国民の多くがそんな状態ではないでしょうか・・・。
    子供をもつお母さんたちが、不安に押しつぶされる前に、「安心」と「納得」を・・・。


    ********

    地震、津波、福島第一原発事故と、日本は戦後最大の危機に直面しました。このことについて、スイスもまた深い衝撃を受けました。救助隊などを派遣してくださった傍ら、自国の原発の将来にも疑問を抱くことになりました・・・。
    swissinfo.ch は、こうしたスイスのさまざまな動きや見方がレポートされているサイトです。こちらのには原発の記事がたくさんあります。初めて訪問しましたがとてもわかりやすい内容だと思いました。よろしければご訪問ください。


    その他の記事
    福島第一原発事故、安定ヨウ素剤の勝手な服用は危険
    http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=29770656
    スイスの救援チーム「後ろ髪を引かれながら」日本を後に
    http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=29755998
    プレス・レビュー、地震の大災害に次いで放射能被曝の恐怖
    http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=29714518
    福島第一原発事故、避難指示圏を半径40キロに拡張を!
    http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=29927034 
    スイスの原発問題に新たな論争
    http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=29824056
    原発事故「最も憂慮すべきは遺伝子変異」
    http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=29799892
    東日本大震災、家族を案じるスイスの日本人
    http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=29872254
    日本の被災者に勇気を届け、ゴール!
    http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=29805520
    福島第一原発、その欠陥が指摘される
    http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=29904250
    原発政策で分裂するヨーロッパ
    http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=29905208


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